「天網恢恢(かいかい)疎にして漏らさず」は、厳正な天道は悪事を見逃さないという故事。一方、司馬遷は「史記」で、清貧だった高弟の死と悪人の長寿を憂い「天道は是か非か」と問うた

▼天の裁きも正しいことばかりではないと、年を重ねて分かっている。それでも、時には天に無性に申し入れたくなることもある。元プロボクサーで、殺人事件の犯人として死刑を宣告されていた袴田巌さん(78)のことだ

▼実に48年ぶりの釈放。歳月の長さにがくぜんとし、東京拘置所から出てくる姿にくぎ付けとなった。しばらくテレビから離れられなかった

▼老いもあろうが、とぼとぼとしたその歩みは、4畳半の独房を歩き続けていたからだろうか。再審決定の知らせに「うそだ」と拒絶したのは、刑執行におびえ続けた長い絶望感からだったのではないか。耐え難いほど重く、暗く背負わされた人生を思うとたまらなかった

▼一人だけではない。無実を信じ支え続けた姉の秀子さん(81)の人生も狂わされた。弟を救うため縁談を何度も断り、見放されたかのような人生を嘆いて、酒をあおったこともあった

▼辛苦を重ねようやく抱き合えた姉弟。だが、静岡地検は即時抗告した。「天」という字は「二人」からなる。速やかに再審をし、姉弟にチャンピオンベルトが進呈されることをただ、ただ祈る。(宮城栄作)