セントラルパークの路面を春の雪解け水が流れる3月中旬。ニューヨーク平和映画祭で「標的の村」が米国で初めて上映されると知り、観客の反応を肌で感じたくて足を運んだ。

 マンハッタンのアッパーイーストサイドにある小さな会場の観客席が埋まると、暗闇のスクリーンにヤンバルの美しい自然が現れ、生活の場を守るために闘う沖縄人たちの姿が次々と映し出されていった。

 「標的の村」は、東村高江のヘリパッド建設反対運動を軸に、2012年9月のオスプレイ強行配備に反対する普天間の全ゲート封鎖までをつづった琉球朝日放送(QAB)製作のドキュメンタリー映画だ。

 政府は、高江を囲むようなヘリパッド建設に抵抗する住民を弾圧し、裁判では現場にいなかった子供を訴え、抗議する人々の頭上をクレーンで資材を運んで工事を強行。普天間では、腕を組み地べたに座り込む高齢者たちがごぼう抜きされていく様子を、銃を手にした兵士らが笑顔で眺める姿が映し出される。

 住民よりも米軍基地を優先する現状が綴(つづ)られていくなかで浮き彫りとなるのは、終戦後の今もなお、沖縄の人権は侵害され続けているという事実だ。沖縄と関わりはないが友人に誘われて見たというニューヨーカーの女性は、「長いこと米軍基地を押し付けてごめんなさい。米国人の一人として謝罪します」と自分の問題と捉えて話しかけてきた。沖縄の問題を沖縄だけにとどめず、映画が国境を取り払ったと感じた瞬間だった。

 映像は、時として物事を変えうる原動力となる。米軍内の性犯罪問題に焦点を当てたのは、元米兵被害者らの姿を綴ったドキュメンタリー映画「The Invisible War」だ。草の根レベルの自主上映会が全米で広がり、ワシントンでの上映会にはパネッタ国防長官(当時)も参加。やがて全米規模の議論となり、法改正の動きも生まれるなど、それまで「見えない存在」だった被害者らが「見える存在」となった時、問題は初めて「現実」として認識された。

 沖縄は日米関係を「揺るがす」存在だが、政治の世界で「沖縄」が顔を現すことは滅多にない。果たして「標的の村」は、沖縄を見える存在へと変えうるか。映画の中で出会ったたくさんの顔を思い浮かべながら、マンハッタンの街を後にした。(米国特約記者・平安名純代)