【読谷】69年前の4月2日、「集団自決(強制集団死)」があった読谷村波平のチビチリガマで5日、遺族会(與那覇徳雄会長)が慰霊祭を開いた。遺族や関係者、村職員労働組合青年部メンバーら約30人が犠牲者をしのび、平和への思いを新たにした。

ガマの中で開かれた慰霊祭で手を合わせる遺族や関係者ら=5日、読谷村波平のチビチリガマ

 1945年4月1日、沖縄本島に上陸した米軍は2日、チビチリガマ周辺に進攻。ガマに避難した約140人のうち、80人余りが亡くなった。当時5歳だった上地タケさん(74)は家族8人全員が生還したが、犠牲者のことを思うとつらく、家族に口止めされていたこともあって、ガマでの経験を長い間、話せなかったという。

 今回は、慰霊祭に初めて参加した村職労青年部メンバーと、当時避難していたガマの奥まで久しぶりに入った。暗く狭い所に、多くの人がいたことなどを語り、目を潤ませた。上地さんは「二度とあんなことがないように、平和を願うしかない」と話した。

 村職労青年部の天久俊春部長(33)は「体験者から直接話を聞く機会はめったにない。後輩に伝えるきっかけになる」と感謝した。

 與那覇会長は体験者が高齢化していることを踏まえ「子や孫にできることは事実を伝え、戦争をさせないようにすること。ここから平和を発信したい」と話した。