沖縄戦の約1年前に戦われた南洋群島のサイパン戦時に、孤児院の院長を務めていた松本忠徳さん(故人)=座間味村出身=が残した史料がこのほど、浅井春夫立教大教授らによって冊子にまとめられた。史料は1955年に「自叙伝」として書かれているが、戦前から戦後のサイパン、座間味の状況が分かるもので、浅井教授は「個人史の枠を超えた貴重な記録」と評価する。

松本忠徳さんの記録をまとめた浅井春夫立教大教授(右)と、松本さんの長男・忠司さん=3月、浦添市内の松本忠司さん宅

 サイパン戦は、44年6~7月の激戦で、住民1万2千人が死亡したとされる。漁師だった松本さんは38歳でサイパンへ移住し、戦渦に巻き込まれた。捕虜収容所で打診を受けて孤児院で働くようになり、副院長、院長を務めた。

 松本さんは、孤児院の環境整備を米軍に求めた。当初の孤児院では栄養失調で多くの子どもが命を落としたが、松本さんらの働き掛けで、建物は「掘っ立て小屋」から病院に隣接したコンセットになり、学校もできた。炊事係や世話係ら職員がそろい、医療、衛生面が大きく改善。特別に食事や衣類などが用意され、44年12月には「奇跡が起こった」といわれるほど、子どもたちは回復、成長したという。

 史料にはこうした歴史の一端が記されている。完成した冊子には、浅井教授による解説や資料写真、松本さんの長男・忠司さん(87)、沖縄タイムスの嘉数よしの記者の寄稿なども盛り込まれている。

 入手の問い合わせは浅井教授、メールhachak@maple.ocn.ne.jp