南マッドグロッソ州のカンポグランデ市内には、5軒ほどの製麺所がある。どれも一般家屋を改造して、それぞれ創意工夫を凝らし、麺づくりに励んでいる。

毎朝そばを作る源河君枝さん。家族総出の作業だ

「どうぞ召し上がれ!」。名護市研修で本場のそばを学んだニウソンさん

「そばは南マットグロッソの郷土料理」。サンパウロの店「SOBARIA」でメニューを持つジェアンさん

乾麺の製造・販売も行う玉城ニーロさん。200席ある店は多くの客でにぎわう

毎朝そばを作る源河君枝さん。家族総出の作業だ
「どうぞ召し上がれ!」。名護市研修で本場のそばを学んだニウソンさん
「そばは南マットグロッソの郷土料理」。サンパウロの店「SOBARIA」でメニューを持つジェアンさん 乾麺の製造・販売も行う玉城ニーロさん。200席ある店は多くの客でにぎわう

 毎朝、息子夫婦や娘とそばもみに汗を流すのは、両親が名護出身の源河君枝さん(70)だ。月に約3・5トンのそばを作る。夫のケイイチさん(故人、名護出身)と1992年に始めたときは「一日30キロ作っていた」というから、約20年でほぼ製造量は4倍になったことになる。

 長男ケンジさん(40)が日本へ出稼ぎし、その仕送りで家を改築した。そば店も営んでいたが、麺の注文が増えたことから、製麺業一本に絞った。「年末年始と(ブラジルの冬である)8月の売り上げが1番いい」という。

 取材中もひっきりなしに注文が入る。携帯の着信音はBEGINの「島人の宝」だ。「最近は県人が住んでいない遠方からの注文も多くなったよ。経営者は全くのブラジル人っていうんだから驚くよね」

 そばはカンポグランデにとどまらず、郷土食として広がりをみせている。

 約千キロ離れたブラジル最大の都市、サンパウロ市のおしゃれなレストランが立ち並ぶ一角に、沖縄そば由来の食堂「SOBARIA」はある。南マット・グロッソ州郷土料理店と銘打っているが、店名が示すようにメーンはそばだ。2007年にオープンした。

 カンポグランデ出身の店主ジェアン・アタジさん(38)は養母が県系2世で、そばをよく食べていた。「子どものときから大好きだった。郷土料理の店を開けようと思ったとき、そばの店っていうのは決まっていたね」

 修行したカンポグランデの市場の店から、麺とだしに使う豚を取り寄せるなど“本場”の味にこだわる。州の郷土料理であるソーセージなどもあるが、一番注文が入るのは牛肉を乗せたそば。「やっぱりうれしいね。郷土の文化を認めてくれるのは」。そう言って笑った。

 カンポグランデのそばは、沖縄のものと似て非なるものだ。

 「沖縄には行ったことがない」と話す玉城ニーロさん(57)=父が名護市、母が本部町=の店は、公設市場(フェイラ)の中でも大きく、200席が埋まるほどの人気店だ。

 自宅で製麺し、スープは牛骨や鳥の骨、ニンニク、くず野菜、唐辛子を入れる。ブラジル産の甘みのあるしょうゆを使うスープは塩気が強く、量は多くない。

 具には豚の代わりに、焼いた牛肉が入り、表面はネギと錦糸卵の三色に覆われる。かまぼこの代わりにナルトが乗ることもある。これにたっぷりしょうゆをかけるのがブラジル流だ。

 紅ショウガは、店によっては言えば出してくれるが、通常はすりおろしたショウガを使う。ブラジル人の口にあわせ、変容していったのだろう。

 「ブラジル人は豚より牛が好きだし、沖縄風の甘い味付けは絶対ダメ。麺も具も量も多いほうが喜ぶ」

 名護市研修生として11年に3カ月、県内のチェーン店「我部祖河食堂」で研修した息子のニウソンさん(30)は話す。

 「沖縄のそばは確かにおいしい。ただ、こちらで受けるかといったら別の話。研修で学んだのは常に新しいことを考える姿勢」と話す。メニューも定期的に変え、客にも積極的に意見を聞いているという。

 「今、これが一番の人気だよ」と持ってきてくれたのは、かき揚げと小エビの素揚げを乗せたものだ。

 沖縄でもそばの多様化が進んでいるという。カンポグランデのそばも傍流とはいえ、その一つといえないだろうか。(堀江剛史ブラジル通信員)