国の最高法規である憲法について考えることが、どうして政治的中立性を損なうことになるのか。

 護憲団体が主催する集会に対し、自治体が後援を拒否するケースが相次いでいる。集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更に突き進む安倍政権の意向を自治体が忖度(そんたく)し、過剰な自己規制に陥っているとしか思えない。

 神戸市で3日に開かれた憲法集会は、過去に2度後援した市と市教委が今回は後援を断った。通知文書にはこう書いてあったという。「昨今の社会情勢を鑑み、改憲、護憲の政治的主張があり、憲法集会そのものが政治的中立性を損なう可能性がある」

 三重県鈴鹿市は昨年8月、連合国軍総司令部(GHQ)のスタッフとして憲法草案作りに関わった米国人女性のドキュメンタリー映画の上映会の後援を断った。「改憲と護憲の考え方がある中で、主催団体は9条を守るという一方の側の立場だ」との理由からである。

 神戸市の集会で講演した神戸女学院大の内田樹名誉教授は「公務員の憲法尊重擁護義務に反する行為」と、行政の姿勢を厳しく批判した。

 憲法99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と規定している。

 憲法を守る義務を負う公務員が、護憲をテーマにした行事を支援しないのは、筋が通らない。「政治的中立性」を表向きの理由に尻込みしている姿は、情けなさを通り越して不気味でさえある。

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 懸念されるのは、このような動きの広がりと自己規制の強化である。実際、自治体が自ら集会などの後援規定を厳しくした例がある。

 千葉県白井市は、憲法集会を後援したことを保守系市議から批判され、後援の可否を判断する規定を改めた。これまで後援しないケースを「政治・宗教的な目的を有する」としていたが、文言の「目的」を「色彩」に変え、対象を広げたのである。

 千葉市は、平和関連行事を念頭に「論点が分かれているとされる思想、事実等について主観的考えを主張すると認められるか、その恐れにあるとき」との文言を加えた。

 拡大解釈すれば、どんな集会にも当てはめられる。憲法21条は集会、結社、言論の自由と一切の表現の自由を定めている。自治体の役割はこれを順守し、積極的に施策に反映させることではないか。

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 安倍晋三首相は、内閣法制局が担ってきた集団的自衛権行使をめぐる政府の憲法解釈に関し「最高責任者は私だ。選挙で審判を受けるのは内閣法制局長官ではない」と述べた。憲法を軽視するような首相の姿勢は、自治体の自粛と無関係ではないだろう。

 異なる意見を尊重し議論することは民主主義に不可欠である。憲法12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と、主権者である国民の責務を強調している。主権者の不断の努力が試されているのである。