首里に住んでいた子どものころ、国際通りに行くことを「那覇に行く」と言っていた。周りの大人たちもそう話していた。同じ那覇市でも国際通りは県内随一の繁華街。別格だった。そのシンボルが沖縄三越だ

 ▼家族で行った沖縄三越はおもちゃ売り場が目当て。屋上に遊園地があり、ミニ電車で遊んだ記憶がある。レストランのお子様ランチにはしゃいだ

 ▼沖縄三越の9月末の閉店に、驚きが広がった。宮古島出身の50代の先輩は小学生で初めて入店した時の記憶が強烈だという。エレベーターに驚き、エスカレーターに乗るタイミングをつかめなかった。「夢のようだった」と、懐かしむような表情を見せた

 ▼長引くデフレに加え、郊外型の安い専門店などに客を奪われて百貨店事業からの撤退に追い込まれるという。地域カラーを発揮できなかった環境や大手百貨店の統廃合も背景にあると指摘されている

 ▼地元客向けから観光客向けの店が主流になった1990年代以降の国際通りの様変わりも無縁ではないだろう。土産品店や観光客向けの飲食店が増えていくにつれ、足が遠のいていった気がする

 ▼「奇跡の1マイル」と呼ばれ、沖縄の戦後復興を象徴する通りが観光客でにぎわう一方で、創業57年の老舗デパートが姿を消す。対照的な光景に一抹の寂しさを禁じ得ない。(与那原良彦)