重大な岐路に立っているからこそ、何度でも同じことを強調したい。

 個別的自衛権と集団的自衛権は、その性格がまったく異なる。「必要最小限の範囲」であれば集団的自衛権の行使も容認される、という考えはこじつけである。

 日本ペンクラブは15日、「民主的な手順をまったく踏まない首相の政治手法は非常識」だと批判する声明を発表した。

 時の首相の政治的な判断と閣議決定によって憲法解釈が変更されれば、「立憲主義」と「法の支配」は空洞化を免れないだろう。あえて刺激的な言葉を使えば、首相を含め19人の閣僚による「憲法クーデター」だと批判されても仕方のないやり方である。

 15日の記者会見で安倍晋三首相は、国民が戦場で死ぬかもしれない高度な安保問題を論理ではなく感情に訴えた。それ自体、危ういものであるが、事例の中には「これまでの憲法解釈で対応できるところも相当ある」と公明党の山口那津男代表は指摘する。

 公明党の支持母体である創価学会も17日、「改憲手続きを経るべき」だと解釈改憲の動きをけん制した。それが国会論議を通して定着した「まっとうな憲法解釈」であり、政府と政党、国民の多くが暗黙の内に共有してきた考え方である。

 自民党や一部野党の中には「権利はあるが行使できないのはおかしい」という意見があるが、国際法上認められた権利を国内法によって行使制限するのはその国の姿勢の表れであり、何の問題もない。

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 政府・自民党は、安保法制懇の報告書を受け、週明けから公明党と与党協議を始め、5月下旬に国会で審議し、夏をめどに閣議決定に持ち込む考えだという。

 解釈改憲の動きには、別の問題もある。

 ポツダム宣言を受け入れて降伏した日本は、戦前の国のあり方を反省し、戦争否定の国づくりをめざしていくことを国民だけでなくかつての交戦国や国際社会に向かって宣言した。それが憲法の平和主義である。

 靖国参拝に象徴される安倍首相の歴史問題に対する言動は、米国を含め海外から厳しい批判にさらされている。その政権が、戦後初めて海外での武力行使容認の動きを示しているのである。

 元防衛大学校長の五百旗頭(いおきべ)真さんは、毎日新聞のインタビューで行使容認を主張する一方、こう付け加えている。

 「ただ、解釈変更を安倍内閣に任せてよいのか、疑問を抱かざるをえません」(3月31日付夕刊)。

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 政府は「日米防衛協力の指針」(ガイドライン)の見直し作業を年内に終える予定で、それに間に合うように自公協議を進めたい、との考えが政府・自民党に根強い。しかし、この発想は国民不在の一方的な期限設定である。

 ガイドラインをどのように変更しようとしているのか。ガイドラインと集団的自衛権の行使容認がどこでどのように結びつくのか。重大事であるにもかかわらず、国民は何一つ知らされていない。