【那覇】「自分のルーツを探りたい―」。米カリフォルニア出身で父親が県出身のエマ・トウメさん(24)が、小禄高校で外国語指導助手(ALT)の傍ら、沖縄の文化や歴史を学んでいる。父親から沖縄の魅力を教えられたものの、沖縄戦や米軍基地の存在は大学で学ぶまで知らなかったという。沖縄で暮らす中で「日本と米国、そして沖縄の平和について研究したい」とあらたな目標を掲げている。(吉川毅)

「将来は平和について研究したい」と話すエマ・トウメさん=15日、那覇市の小禄高校

 2012年に来沖したエマさんの父、当銘由盛さん(60)はうるま市出身。約30年前に米国へ移住し、米国内の有名すし店の一つ「SUSHI RAN」を経営している。エマさんは忙しく働く父の姿を見ながら沖縄に思いをはせていたという。

 沖縄について学び始めたのは大学生になってから。そこで初めて沖縄戦や米軍基地の存在を知った。

 「父からサトウキビや豚の話は聞いたが、沖縄の悲しい歴史については聞いたことがなかった。自分の足で沖縄を回り、親戚を訪ねて、自分のルーツや沖縄についてもっと知りたい」

 エマさんは大学卒業後、日本政府の「外国青年招致事業(JETプログラム)」で来沖。休日は自転車で那覇から親戚のいるうるま市まで通い、辺野古や南部の戦跡を巡る。宮古島トライアスロン大会に出場して完走したほか、沖縄の文化に触れようと空手や三線にも挑戦している。

 「沖縄に来るまで日本語はほとんど話せなかったが、少しずつ上達してきた。沖縄の人たちと話ができることがうれしい」とエマさん。名護市辺野古を見て、美しい海と米軍基地の存在にギャップを感じたといい、「私は半分日本人で半分米国人。沖縄に来て平和について考えるようになった。将来は平和に携わる仕事ができればいいなと思う」と目標を語った。