屋上には親子で楽しく遊べる遊園地があり、店内には高級感あふれる品々がそろう。三越に行かないと本土の物が買えないといわれた時代があったことを覚えている方もいるに違いない。創業から57年、世代によってさまざまな思い出が詰まった那覇市国際通りの老舗百貨店が閉店する。

 沖縄三越は19日の取締役会で9月21日で閉店することを決め、杉山潤治社長らが記者会見で正式に発表した。

 高級感とシニア層をターゲットにしてきた沖縄三越だが、市場の需要の波に乗れず、経営不振が続いていた。

 三越ブランドにこだわったことが逆に時代のニーズを取り込み、若者にもアピールするような百貨店に変容させることができなかった。消費者動向が高級と格安志向の二極化が進む中で、郊外の大型店などに客足を奪われた。

 運営のあり方は、本体の三越伊勢丹の意向が強く働いたといわれ、沖縄の市場動向を見据えた対応ができなかったとの指摘もある。

 沖縄三越は以前にも経営不振に陥ったことがある。2004年には多額の負債を抱えたため、会社を分割し、旧会社の借入金を新会社が継承した。人件費を中心に営業時間を短縮したり、催し物を減らしたりしたが、業績を回復することができなかった。

 企業再生スキームは協議中だが、リウボウインダストリー(那覇市、糸数剛一社長)が支援し、リウボウグループとして事業継続する方針だ。

 沖縄三越の豊崎マイキッチン、空港売店、JALコーチショップの3事業は利益を上げており、リウボウはこれらの営業権の譲渡を受ける方向で協議を進め、沖縄三越の跡利用に乗り出す。

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 沖縄三越は国際通りの中心に立地している。どう跡利用を図るかが極めて重要だ。

 リウボウは観光客や家族連れ、若者に対象を絞ったエンターテインメント施設に衣替えし、来春開業する計画だ。観光客中心の国際通りに地元客を呼び戻す考えだ。

 沖縄三越と対照的なのが百貨店経営のリウボウインダストリーだ。フロアを改装したり、若者向けの新規ブランドを導入したりして変化に対応してきた。

 戦後、国際通りに百貨店のリウボウ、山形屋、大越デパート(沖縄三越)などが次々、出店した。国際通りは「奇跡の1マイル」と呼ばれ、沖縄戦後の復興の代名詞となった。沖縄三越の閉店で、リウボウが残るのみとなる。

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 全国の地方都市では百貨店が苦境に立たされている。大手デパート業界が再編され、人口減少と郊外の大型店との競争が激化している。

 沖縄に関しては人口が増加していることから、百貨店自身が変化し、顧客ニーズに応える企業努力が求められていたのではなかったか。

 沖縄労働局、県には、正規、非正規合わせて計140人いる沖縄三越の従業員の就職支援に全力を挙げてもらいたい。この点でもリウボウ、沖縄三越双方は綿密に連携を取り合い、従業員の雇用確保に最大限の努力を尽くしてもらいたい。