安倍政権が示した原子力規制委員会委員の国会同意人事案が波紋を広げている。

 一言で言えば、厳格な審査を担ってきた委員を退かせ、原発推進派の人材を新たに委員に加えるものだ。原発の再稼働に向けた布石としか思えない。

 原子力規制委は、東京電力福島第1原発事故の反省から、高い独立性をうたって発足した組織である。推進派の起用によって中立性は保たれるのか、甚だ疑問である。

 2委員が9月に任期満了を迎えるのに伴い政府が提示した人事案は、原発の地震対策で厳格な姿勢を貫く島崎邦彦委員長代理らを再任せず、後任に元日本原子力学会会長の田中知(さとる)東京大教授らを充てるというもの。

 田中氏は経済産業省審議会委員を務めるなど、原発の利用に積極的だ。福島原発事故後の2011年11月に開かれた経産省総合資源エネルギー調査会の会合では「脱原発」に踏み出すべきだとする委員らの中にあって、田中氏は「原発の安全性は確保できる」と主張した。

 原子力規制委員の人選に関しては民主党政権時に、原子力関連団体からの一定の報酬を受けた人物を除外する基準を定めている。

 ところが田中氏は、東京電力の関連団体の東電記念財団から50万円以上の報酬を受け取っている。原子力規制庁は「同財団は、関連団体に当たらない」というが、言い逃れにしか聞こえない。厳格な人選基準がなし崩しにされれば、規制委の独立性が骨抜きにされかねない。

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 島崎氏は地震学が専門の研究者。原発敷地内の断層調査や地震、津波対策の審査を担ってきた。日本原子力発電敦賀原発2号機(福井県)の原子炉直下の断層を「活断層」と認定。同原発は廃炉を余儀なくされる可能性が出てきた。関西電力大飯原発3、4号機(同)の審査では、耐震設計の目安となる基準地震動の見直しを迫り、同原発の再稼働が大幅に遠のいた。

 こういった島崎氏の厳格な審査姿勢に対し、自民党内からは、再稼働の前提となる安全審査を長引かせる要因となる-と交代を求める声が出ていた。

 原子力規制委は、経産省にあった規制部門の原子力安全・保安院を分離して組織された。規制する側と規制される側を明確に分け、本来の監視・監督機能を強化するためだ。安全審査が緩むようなことがあれば、組織の存在意義にかかわる。

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 福井地裁は先月、大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を出した。共同通信の4月の世論調査では原発再稼働を進める政府のエネルギー基本計画を約54%が「評価しない」と答えている。

 超党派の国会議員でつくる「原発ゼロの会」は人事案の撤回を求めている。

 安倍晋三首相は自身の意向が強く働いた人事によって、政策を強行する手法が目立っている。原子力政策でこのやり方を押し通すことは、国民の原発への不信を増大させることになるだろう。この人事案では筋が通らない。