【中城】中城村は日本軍が沖縄戦時に構築した同村北上原のトーチカと陣地壕の保存に取り組む。今年3月に戦争遺跡として初めて村の文化財に指定。今後はトーチカの屋根部分の補修など保存策を検討する。

中城村北上原の高地に残る日本軍のトーチカ(村教委提供)

 指定されたのは「161・8高地陣地」。標高161・7メートル(当時161・8メートル)にあり、西海岸は読谷村まで見渡せる。戦後は「ウガンモー」と呼ばれる山林内に放置されたままだった。

 日本軍は宜野湾市の嘉数や中城村の和宇慶を結ぶ線に軍司令部の陣地を構築、米軍の南部進撃を防ぐ要衝にした。北上原も近郊にある。

 トーチカ内部は縦横2メートルほど、高さ3メートル弱の空間。米軍諜報部の調査報告によると銃眼が四つあったとみられるが、現在は一つが崩落して確認できない。天井部分は格子状になっている。

 村教育委員会は2003年に地元の石大工に聞き取り調査を実施。石大工5~6人、住民20~30人ほどで、鉄筋と松の木をコンクリートの支えとして構築したことが分かっている。できるだけ自然の形に近く構築するように命じられたという。

 トーチカの構築中には、その下に自然壕も見つかり、日本軍が指揮をとる陣地壕として使ったとみられる。

 現在はトーチカの屋根部分が一部崩れかけているが、保存状態は良好。村教委は「住民の避難壕はあるが、日本軍の壕はほとんどない。平和学習などに生かしたい」と話している。