先週の小欄で、元文化服装学院長の故小池千枝さんが愛蔵していた琉球人形を紹介したところ、人形を制作した故徳村光子さんの次女津波古眞理子さん(59)から手紙をいただいた。小池さんや娘さんとの交流などがつづられていた

▼1997年1月、小池さんから制作者を見つけてほしいと依頼された。人形の写真を手に尋ね回り、徳村さんにたどり着いた。那覇市首里の自宅で、写真を見た徳村さんは「思いがけず、うれしい」と長野県須坂市の人形博物館への展示を喜んだ

▼展示された人形は終戦直後につくられた。着物は絣(かすり)や芭蕉布の端切れでつくり、小物のくば笠もむんじゅる笠も職人の手作り。ちゅーかー(急須)も壷屋焼だ

▼そのつくりは沖縄の伝統工芸の結晶のよう。津波古さんも「何もない時代だけに、すべて本物で作るしかなかった。いまでは考えられないぜいたくなもの」と感嘆する

▼徳村さんは1947年、首里文化洋裁講習所をつくり、洋装などの技術を指導した。その一方で、琉球人形を作り上げ、ギフトショップなどで人気商品になった

▼小池さんの琉球人形の前の持ち主は米軍属の妻で、駐留中に入手したという。沖縄、米国、日本とたどった琉球人形が徳村さんと小池さんの出会いを生み、女性の生計や社会進出を支えた手仕事の歴史を物語っている。(与那原良彦)