23日を前に糸満市摩文仁の平和の礎を訪ねた。この時期大勢の人々が鎮魂の思いを胸に肉親の名を指でなぞり、静かに手を合わせる

▼那覇市の野里安弘さん(76)は父、安良さんの名前に会いに来た。那覇で10・10空襲被災後、一家で国頭村に逃げたが、防衛隊に召集された父は再び那覇に戻った。どこでどのように亡くなったかも分からない

▼安弘さんは当時5歳。やんばるの川で釣りを教えてくれた父の笑顔が忘れられないという。「戦争さえなかったら…」。そう言って父の名をハンカチで何度も拭いた

▼うるま市の安座間繁さん(61)は追加刻銘されたばかりの父、栄幸さんの名を確認に来た。兵隊として長崎で被爆した父は白血病に苦しみ、昨年亡くなった。戦争の悲惨さを次世代に伝えたいと孫たちを連れてきた。礎の前で「父が生きたという証しだ」とつぶやいた

▼刻銘者24万1281人。それぞれの人生があった。そんな当たり前のことをあらためて思う。ただの名前の羅列ではない。時代の波の中、生を閉ざされた戦没者たちの無念が文字通り刻みつけられている

▼○○の三女、○○の息子などの刻名も少なからずある。戦火の下、この世に生きた証しすら残せなかった子どもたちがいたことも忘れまい。69年目の慰霊の日。平和への願いを心に刻む新たな一日にしたい。(田嶋正雄)