【糸満】慰霊の日の23日、沖縄最大の慰霊搭「魂魄(こんぱく)の塔」(糸満市米須)には早朝から遺族らが訪れて戦没者の霊を慰めた。魂魄の塔は終戦直後の1946年2月、平和を願う住民によってつくられた。戦後69年を迎え、高齢になった遺族や体験者が子や孫たちに付き添われながら、犠牲者を悼み、平和を願った。

魂魄の塔に親戚同士で参拝に訪れ、線香を供える子ども=23日午前8時40分、糸満市米須

 午前6時半、まだ人の少ない塔の前に花を手向けた仲村光清さん(74)=南城市=は戦争で父親の故・享吉さんを亡くした。「父親の顔も覚えていない。子どものころは、いつも生きていてくれたらよかったのにと思っていた。戦後69年がたって、人々から戦争の怖さが忘れられることが心配だ」と語った。

 孫ら家族5人で訪れた国吉和子さん(81)=那覇市=は沖縄戦で母親ら4人を亡くした。自身も小禄の壕を追われ、砲弾の飛び交う中を旧三和村(現糸満市)まで歩いて逃げた記憶が残る。慰霊の日には魂魄の塔を訪れている。「砲弾の音が今も耳に残る。こんなに長い時間が過ぎたのに、沖縄戦当時を思い出すのはつらい。だけど今こそ伝えなければいけない。いつまでも平和な沖縄であることを祈るだけ」と語気を強めた。

 小橋川善弘さん(85)=西原町=は、沖縄戦で犠牲になった父親の遺骨が見つかっていない。沖縄戦当時は防衛隊員だった小橋川さんは「安倍政権の下で集団的自衛権が話題になっているが、戦争に参加すると殺し合いが起こるのは当然。このようなことは二度とやってはいけない」と強調した。