政府は27日、集団的自衛権の行使を可能とする憲法解釈の変更に向け、閣議決定文の最終案を与党協議会に提示した。

 7月1日の次回協議で正式に合意する見通しで、安倍晋三首相はその日のうちに閣議決定に踏み切る構えである。

 武力行使によって死者を出すかもしれないし、場合によっては、相手国から反撃を受け戦争に巻き込まれるかもしれない。戦後経験したことのない事態が起こるかもしれないというのに、主権者である国民は終始、カヤの外に置かれ、国権の最高機関である国会でも議論はまったく深まらなかった。

 内容の重大さに照らして考えれば、これは極めて異常な事態である。

 自民、公明両党による話し合いに至っては、日替わりメニューのようにころころ焦点が変わり、密室で何を議論しているのか、さっぱりわからなかった。

 国民の命にかかわることが、政府と自民党のペースで、内容を十分に知らされないまま、とんとん拍子に具体化しつつある。

 集団的自衛権の行使にあたる「強制的な停船検査」など与党に示した八つの事例は、閣議決定後に関連法整備を進めれば、いずれも自衛隊による活動が可能となる。その分、自衛隊の国外での活動が急速に拡大するのは確実だ。

 政府の想定問答集によると、戦時のシーレーン(海上交通路)での機雷掃海など、国連の集団安全保障に基づく武力行使についても限定的に容認する考えである。

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 米軍を狙う弾道ミサイルを自衛隊が迎撃する。日本がそこまで踏み込んで米国防衛・米軍援護の役割を担うということは、憲法も日米安保条約も想定していない事態であり、そのことが逆に日本の防衛を危うくするおそれがある。

 集団的自衛権の行使にあたるとして禁じられてきた米艦防護が可能になれば、朝鮮有事において自衛隊が参戦する可能性も高まる。中台危機の場合、どうなるのか。

 現行憲法の下では集団的自衛権の行使はできない、という憲法解釈を維持している間は、そのことを理由に米軍の要請を断ることができた。だが、いったん行使容認に踏み切れば米軍との一蓮托生(いちれんたくしょう)の度合いは一気に高まるだろう。

 安全保障政策の根幹にかかわる問題を抱えているにもかかわらず、結論ありきの言葉の言い回しをめぐる話に終始したのは、あまりにもおそまつである。

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 国の最高法規である憲法で重要なのは規範力を維持することである。「戦争放棄」と「戦力の不保持」をうたった憲法9条の規範力とは、かくかくしかじかのことは「してはならない」という禁止の強制力のことである。

 憲法解釈の変更によって集団的自衛権が使えるようになれば、9条の条文はいじっていないのに、9条でしばりをかけることができなくなる。 憲法によって政府をしばるという立憲主義もまた、危機的な状況にある。