天皇、皇后両陛下は27日、太平洋戦争中に撃沈された学童疎開船「対馬丸」犠牲者の慰霊のため、那覇市の対馬丸記念館を訪問された。犠牲者の遺影や遺品を見て、天皇陛下は「護衛船は救助できなかったんですか」、皇后さまは「疎開児童の船だと米国は知っていたんでしょうか」などと質問した。

対馬丸の遺族や生存者と懇談される天皇、皇后両陛下=27日午前11時20分、那覇市若狭・対馬丸記念館(古謝克公撮影)

 案内した高良政勝理事長(74)は「われわれと同じ感覚で感動した。子どもたちは国策で半強制的に乗せられたが、国の象徴として慰霊に来てくださり、一つのけじめをつけられた」と語った。1944年8月22日の撃沈から70年近くたって遺族の高齢化も進んでおり、「(訪問は)最後のチャンスだったのではないか」と話した。

 両陛下は遺族や生存者計15人と言葉を交わした。それぞれから誰を亡くしたのかを尋ね、戦後の苦労をねぎらった。1400人以上の犠牲者を悼む小桜の塔も訪問し、献花して深く頭を下げた。

 県庁では仲井真弘多知事、喜納正春県議会議長、翁長雄志那覇市長、安慶田光男市議会議長と会食した。

 仲井真知事は空港で両陛下を見送った後、「両陛下は沖縄の戦争のこと、米軍施政下のこと、復帰後のことにも造詣が深い。学童疎開船に乗って亡くなった方たちは同じような年齢で、非常に気にされている感じだった」と語った。天皇陛下は「書物で読んだ以上に、直接話を聞くと違う」と話したという。

 両陛下は戦後50年の「慰霊の旅」として95年に長崎、広島、沖縄などを巡り、戦後60年には米自治領サイパンを訪問している。