【うるま】1959年6月30日、旧石川市の住宅地に米軍ジェット機が墜落し近隣の宮森小学校に激突、児童や一般住民18人が亡くなった事故から、30日で55年を迎えた。この日の慰霊祭を前に、宮森小で29日、当時の幼稚園生から6年生までが集まる「大同窓会」が初めて開かれた。当時の在校生のほか教員や遺族ら108人が集まった。参加者らは黙とうで犠牲者の冥福を祈り、学年の代表者が事故の体験談を話した。

米軍機が墜落した直後の惨劇を振り返り涙を流す参加者=29日午後、うるま市石川・宮森小学校体育館

 NPO石川・宮森630会が、体験者同士で語り合う場をつくり、事故を語り継ぐ意義をあらためて考えようと企画した。

 豊濱光輝会長は「55年たった今も、米軍機はまだ頭上を飛び交っている。未来に基地を引き渡さないために、事故の語り部となって子どもたちに歴史を引き継いでいってほしい」とあいさつした。

 学年代表者の証言では、当時1年生の伊波洋正さん(61)らが、事故直後の校舎の様子や、けがをした友達が逃げ惑う様子などを話した。ジェット機事故を題材にした映画「ひまわり」も上映された。

 参加した当時5年生の新城春江さん(65)は「機体が校舎に激突した衝撃で、割れたガラスがいくつも頭に刺さった。ガラスの破片の上を必死に逃げたのを思い出した」と振り返った。「同期生と事故のことを語り合ったのは初めて。これからはできるだけ慰霊祭に孫を連れて参加して、何が起こったか伝えていきたい」と話した。