障がい者も、健常者も互いに人間としての存在を尊重し合い、助け合いながら生活するのがあるべき地域社会の姿ではないだろうか。

 厚生労働省は、精神科病院に長期入院している患者の退院を促すため、病棟を居住施設に転換することを条件付きで認める方針を固めた。空いた病棟を居住施設に改修して住まわせ、これを「退院」と呼ぶのだという。詭弁(きべん)である。病院敷地内で一生を過ごす可能性が高く、社会復帰する道は閉ざされる。

 障がい者団体らが「病院が患者を囲い込み、精神障がい者の隔離・収容を続けるだけ」と指摘するのは当然だ。厚労省は構想を撤回すべきだ。

 厚労省の推計では、入院している精神障がい者は、全国で約32万人。1年以上の「長期」が約20万人を占め、うち10年以上は約6万5千人に上る。人口当たりの精神科病床数は先進国の中では最多である。精神障がい者を入院させ、社会から隔離する政策をとってきたからだ。先進諸国は治療を受けながら地域社会の中で生活するというのが基本である。厚労省は患者の立場に立っているのだろうか。退院を促せば病床が減る。それでは病院経営に影響を及ぼす。それを埋め合わせるための構想ではないのか。精神障がい者に対する偏見と差別も、助長することにつながる。

 厚労省は2004年、「入院医療中心から地域生活中心へ」などの施策を掲げたが、実現していない。なぜ地域の受け皿づくりを実現することができなかったのか、検証が先ではないか。

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 日本はことし1月、「障害者権利条約」を批准した。外務省によると、障がい者に関する初めての国際条約で、国連総会で条約が採択されてから約7年がたった。

 条約の起草では、障がい者団体も同席し、発言した。「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」という障がい者らのスローガンを実際に形にしたものだった。

 次の条項が盛り込まれている。「障害者が、他の者との平等を基礎として、居住地を選択し、及(およ)びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の生活施設で生活する義務を負わない」。つまり他の人と平等であることを大前提に、住みたい場所に住み、誰と生活するかを選択できる。特定の施設で生活する義務はないことを明確にうたっている。

 精神科病棟を居住施設に転換する構想は、この理念に逆行しているのは明らかだ。

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 1年以上の入院患者170人、退院患者40人への厚労省の調査で「退院したい」が7割強で、希望退院先は自宅と賃貸住宅を合わせると6割強だった。病院敷地内だと「退院したくない」が6割を占めた。退院して最もよかったことは「自由がある」が6割と圧倒的だった。閉じ込められた世界から人間らしさを取り戻した喜びに違いない。

 当事者のデータを見ると、厚労省の進めようとしている精神科病棟の居住施設化は、患者の立場を置き去りにした構想というほかない。厚労省は仕切り直す必要がある。