避難所は35市町村が145カ所を設置。沖縄タイムスの調べでは、自主避難を含め1041人が身を寄せた。宜野湾市老人福祉センターには7日から8日にかけ、通常の2~3倍という39人が避難。連泊する人も多かった。8日午後から停電も続き、懐中電灯とラジオで不安な時間を過ごした。

那覇市民会館内の避難所で2日目を過ごす避難者=8日午後1時20分、那覇市寄宮(吉川毅撮影)

 宜野湾市佐真下の女性(75)は「電気が止まるとトイレに行くのも大変だし、精神的にもいらいらする。早く帰りたいけど、おうちも無事か分からないし心配」と、うちわをあおぎながら話した。5歳の娘と避難した30代女性は「蒸し暑さと風の音で、夜もあまり眠れない」と疲労感をにじませた。

 那覇市が避難勧告を出した若狭地区の若狭公民館には、7日から8人が避難。1人暮らしの仲地良子さん(82)は「奈良に嫁いだ娘から『早く逃げて』と何度も電話があった。みんな一緒で安心する」と話した。

 那覇市民会館にある48畳の和室には7日夕から市民37人が避難。定員を超え、その後は市保健所や市役所に振り分けた。市職員も交代で待機し、レトルトの炊き込みご飯や乾パンを提供した。男性職員は「避難も2日目になり疲れている様子だ」と気遣った。

 沖縄市役所には、大城弘文さん(72)夫妻が7日から避難した。小学校低学年のころ、出身地の本部町で家が損壊し、死者が出るほどの台風被害を経験。特別警報のニュースを見て、「当時のことを思い出して身震いがした」と語った。

 棚原美佐子さん(57)は母ヨシ子さん(82)と避難。「自宅は海の近くで、満潮になってからでは逃げられない。少し判断を間違っても状況は変わるので、早めに来ました」

 2年前の台風で甚大な高潮被害があった東村慶佐次。午後4時ごろ、公民館には9人が避難していた。夫婦で避難した宮城善忠さん(85)は「2年前は車2台と電化製品のほとんどが駄目になった。今回は大潮がずれているので、高潮の不安はない」と話した。畳や冷蔵庫などを公民館に移動した世帯もあった。