2014年3月15日。この日、私が初めて企画した行事「移住地見学」が行われた。

「移住地見学」の企画運営を支援したダハボン在住の1世、2世と日本語教師ボランティア、渡久地正子さん(右)=ダハボン

 ドミニカ共和国 面積4万8442平方キロメートル。人口1028万人(2012年・世銀)、首都はサントドミンゴ。主要産業は観光業や農業。1人あたりの国民総所得(GNI)5470米ドル(同)

「移住地見学」の企画運営を支援したダハボン在住の1世、2世と日本語教師ボランティア、渡久地正子さん(右)=ダハボン  ドミニカ共和国 面積4万8442平方キロメートル。人口1028万人(2012年・世銀)、首都はサントドミンゴ。主要産業は観光業や農業。1人あたりの国民総所得(GNI)5470米ドル(同)

 私は現在、ドミニカ共和国(以下ドミニカ)の日系子弟のための日本語学校に日本語教師として派遣されている。そう広く知られていないドミニカ日系社会だが、多くの沖縄系日系がそうであったように大変なご苦労をされ今に至っている。1956年から59年にかけて、主に農業移住者としてドミニカへ入植してから半世紀以上がたち、今では日系の半数以上がドミニカ生まれである。現地習俗への融合が進んだ今、ルーツを学ぶ移住学習は、日本語、日本文化指導と同じく重きが置かれるところなのである。

 さあ、出発!とまだ暗いうちから学校をでる。首都の学校から移住地ダハボン(ハイチと国境を接する町)までバスで5時間の道のり。到着早々、入植当時の町の様子を学び、まだ残るその集落を歩き、祖父母らのかつての家を探す。今はドミニカ人が暮らすその家の前で子どもたちは写真を撮り、父母はそこに住むドミニカ人と言葉を交わす。その脇にはなんと、入植時に移住者とともに海を渡った今でも現役のリヤカーがたたずんでいた。強い日差しにまいりそうになりながらさらに足を進めると、のどかな田んぼの風景がある。この田んぼは、1世の方々が熱帯の地に合った作り方を模索し、苦難を乗り越え、稲作への道を切り開いていった証である。日本人としてその強さ、誠実さ、勤労ぶりを誇らしく思う。

 そして、最後に入植25年記念に建てられた移住記念碑のそばに記念の植樹を行った。暑さに強いカオバの木を植えた。地元のカオバは約50年で大人の木になるという。今回の移住学習がドミニカ日系社会の次世代に何をもたらすのだろうか。カオバの木と同じように長い年月を経て成熟するのだろうか。自身の未熟さゆえの不安まじりな「それでいいんだ、いつかのための今なんだ」という思いをカオバの木に重ね、私は背中をおされる気持ちになったのだった。(沖縄発JICAボランティア・渡久地正子)

 とぐち・しょうこ 浦添市出身。興南高、沖縄国際大日本文化学科卒。中国や名古屋の日本語学校などで日本語を教えた後、日系社会青年ボランティアに参加。