【東京】沖縄の本土復帰前の1971年、米軍が知花弾薬庫(現・嘉手納弾薬庫)に保管していた毒ガス兵器移送のための道路建設費20万ドルを日本政府が肩代わりした裏取引が24日、公開された外交文書で明らかになった。琉球政府の屋良朝苗行政主席が米側に負担を要請し、米側が拒否するなどの計画を日本政府が用意した。沖縄返還協定の調印を目前に控えた日本政府が、米政府や国内の批判を警戒しながら譲歩した過程がうかがえる。

 日本政府の費用負担に至る日米両政府のやりとりは、沖縄県公文書館にある米公文書などで明らかになっているが、山中貞則総理府総務長官の計画や、日本側の思惑が今回の文書で初めて示された。

 71年4月21日付の極秘文書で、山中氏が20日に外務省の吉野文六アメリカ局長に「日本側が負担することについて腹を決めた」と説明。その上で「日本政府のお膳立て」として、(1)屋良氏が移送の新ルートについて地元に了解を得る(2)屋良氏が、沖縄の最高責任者だったランパート高等弁務官に全額または半分の負担を要請(3)ランパート氏が一切負担できないと回答(4)屋良氏が日本政府に全額負担を要請-との手順を示し、屋良氏に伝えることを確認している。

 さらに、一連の手順が不自然に映らないよう、文書では「日本政府が既に負担するかのような態度で弁務官自身が応答しないことが肝要」として、米側との打ち合わせが必要と指摘している。