祖父の精子で118人の赤ちゃんが誕生したと、長野県の医師が公表した。無精子症など夫に原因がある不妊夫婦に対し、夫の父親から精子の提供を受け、妻の卵子と体外受精させた

 ▼この医師は以前、「祖母が孫を産む」代理出産を実施した。今回のケースでは、生まれた子は遺伝上、夫のきょうだいとなり、血縁関係は複雑だ

 ▼「身内からの提供を望む夫婦は少なくない」と当の医師は話す。身内以外には相談しにくいという事情もあるのだろう。事実を「率先して知らせる人は少ない」

 ▼匿名の第三者からの提供精子による非配偶者間人工授精(AID)は戦後間もなく始まり、1万人以上が生まれたとされる。最近は子どもを授かる技術を求めて海外へ渡る人も増え、ルール作りが追いつかない

 ▼今年5月に出版された『AIDで生まれるということ』(萬書房)には、大人になってAIDで生まれたことを知った人たちが、私は一体誰なのか、遺伝上の父を知りたいという悩みや苦しみをつづっている

 ▼自分は何者なのかの問いは人間にとって根源的なもの。幸せに育てば出自なんて関係ないというのは、少々乱暴な見方である。不妊カップルの気持ちを優先するあまり、生まれてくる子どもも当事者という視点が置き去りにされていないか。倫理面からの検討も必要である。(森田美奈子)