あれから3年余りが過ぎたのに、事故収束の見通しは立たない。避難生活を強いられている人はいまだに12万人以上にのぼる。未曽有の原発事故について、誰一人刑事責任を問われないのはおかしいと考えるのは、まっとうな市民感覚である。

 東京電力福島第1原発事故を招いたとして業務上過失致死傷容疑で告訴・告発され、東京地検が不起訴とした東電の勝俣恒久元会長ら3人について、市民からなる検察審査会が「起訴相当」と議決し、検察に再捜査を求めた。

 東京地検は昨年9月、勝俣元会長をはじめとする関係者ら42人ついて「巨大津波を具体的に予測できたといえず、事故後の対応にも過失はなかった」などとして全員を不起訴処分とした。これを不服として福島県の被災者らが審査を申し立てていた。

 議決では、東電が事故前に最大15・7メートルの津波が発生することを試算し、幹部にも報告されていたにもかかわらず、試算を採用せず対策を取らなかったことを指摘。対策費用などの観点から「想定される津波の高さをできるだけ下げたいという意向がうかがえる」と批判した。

 コスト意識など企業の論理だけを優先し、住民の安全を軽視した不作為である。とうてい許されるものではない。 また、2006年に東電が津波の際に原発の全電源喪失や炉心損壊に至る危険性を把握し、浸水対策の必要性を認識していた事実を指摘。「必要機材を高台に移設するなど安全対策をしておれば被害は回避できた」と結論づけ、元幹部らの責任に言及した。

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 議決では原発事故の被害の甚大さや影響が極めて長期に及ぶことを前提に「原子力発電の事業者らは、安全確保のために極めて高度な注意義務を負う」と、責任の重大性を指摘している。

 検察は、自然災害による事故に対する刑事責任の追及に当初から慎重な姿勢が強かったという。しかし前例のない被害を招いている事故に対し「想定不可能」の言い分はどこまで許容されるのか。検察は市民目線を反映させた議決を重く受け止め、徹底した再捜査を行う必要がある。

 議決は原発の「安全神話」についても厳しく言及した。規制当局と東電が「リスクを単なる数値と見るだけで、大丈夫という雰囲気があったのではないか」と追及し、市民の常識からもずれていると糾弾した。事故の本質を突いたものである。

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 原子力規制委員会は7月、九州電力川内原発1、2号機の安全対策が新たな規制基準に適合していると判断した。新基準は「世界で最も厳しい水準」とする政府はこれを理由に原発再稼働に前向きだ。

 規制委は、審査は必ずしも原発の安全性を担保したものではないという認識を示すが、政府は「安全性は規制委に委ねている」とし、再稼働の責任は規制委や電力会社にあるとの考えを示した。

 新たな「安全神話」に依存した無責任体制が続いていると言わざるを得ない。このまま原発再稼働がなし崩し的に進むのは断じて許されない。