広島はきょう、長崎は9日に被爆69年の「原爆の日」を迎える。核兵器による惨禍をもたらした戦争を否定し、核廃絶に向け、国際社会で先導的な役割を果たすことが日本の責務であり、その実現が被爆者の思いである。安倍政権はこの思いに応えているだろうか。むしろ現実は、逆行していると言わざるを得ない。

 国民的議論もなく、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。非核保有国を中心とした世界的な核軍縮の流れにも、日本の対応はちぐはぐで一貫性がない。被爆者が不満を抱くのは当然で、それは世論調査の結果にも表れている。

 共同通信が全国の被爆者を対象に行ったアンケートでは、集団的自衛権の行使容認に「反対」が約54%で、「賛成」の約25%の2倍を超えた。安倍政権による戦後の安全保障政策の大転換で、被爆者が再び戦争に巻き込まれることに懸念を深めていることがうかがえる。核兵器廃絶に向けた政府の取り組みについても約63%が不満を感じていることが分かった。

 昨年10月、国連総会の委員会で発表された「核兵器の非人道性と不使用を訴える共同声明」に日本政府は、初めて賛同した。政府は過去3回の共同声明では、賛同を見送っていた。米国の「核の傘」に頼る安全保障政策との整合性が取れなくなるというのが、その理由だ。

 過去の賛同見送りが強い批判を浴びたことによる方針転換だった。日本政府は、当初から共同声明のとりまとめ役としてリーダーシップを発揮すべきではなかったか。

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 安倍政権の「核」に関するスタンスの危うさは、原発政策においても同様である。原発と原爆は原料、技術など基本的に同じだ。69年前、広島と長崎で原爆投下による被爆を体験した日本は、3年半前に福島で核エネルギーによる甚大な被害を経験した。

 にもかかわらず、安倍政権は、原発を「重要なベースロード電源」と位置づけ、規制基準に適合した原発の再稼働を進める方針である。

 使用済み核燃料を再処理しプルトニウムを取り出す核燃料サイクル事業の継続も明確にした。プルトニウムは核兵器への転用が可能だ。その上、プルトニウムを燃料とする高速増殖炉は実用化のめどが立たず、大量の余剰プルトニウムを抱えている。

 世界は、核拡散防止の観点からこの状況に厳しい目を向けている。日本は行き詰まっている核燃料サイクル政策を転換すべきであろう。

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 146カ国が参加し、2月に「核兵器の非人道性に関する国際会議」がメキシコで開催された。会議では「法的拘束力を持つ国際規範で核兵器を非合法化することが『核なき世界』実現への道だ」とする議長総括が発表された。

 核をめぐる議論が、非人道性に焦点を当てた使用禁止の方向に流れが加速しているのである。ところが日本は、中国の台頭や北朝鮮の核・ミサイル開発への対抗から、むしろ核抑止力への依存を強めている。被爆国が取るべき姿勢ではない。