大学の校舎の壁を焦がす炎と包み込む黒煙、飛んできた破片でドアに開いた穴。「地響きのような音が2、3回」「回転翼が校舎の壁をこする音」「自宅から墜落するのが見えた」「ヘリの部品が空中でもげた」「玄関から黒煙が吹き込み外に出られなかった」

 ▼2004年8月13日、米軍ヘリが沖縄国際大に墜落炎上した時の写真を見直し、目撃証言を読み返した。恐ろしさがよみがえる。ヘリが落下して黒煙を上げる様子を見て、爆発音を聞いてしまった人々がいた。戦場でもない日常生活の中で赤ん坊からお年寄りまでが、恐怖にさらされた

 ▼普通なら、国は再発防止策を講じるはずだ。だが事故後も普天間飛行場は存在し、ヘリは飛び続け、オスプレイも頭上を飛び交う。「再発防止どころか状況は悪くなっている」という声を聞いた

 ▼国民の「平和のうちに生存する権利」は日本国憲法前文にうたわれている。その権利を保障しようとしないこの国は、一体何だろう

 ▼戦後69年。基地近くの住民にとって基地は物心ついたころから、傍らにある。沖国大の学生が、基地があることを「学ぶことで初めて、異常と気づいた」と話していた

 ▼基地反対を訴える人々の上をきょうも、米軍機が飛ぶ。異常に慣らされない努力を、私たちはいつまで続けなければならないのだろうか。(安里真己)