8月14日という日付を、抗議の意思を込めて胸に刻んでおきたい。「取り返しのつかない愚行」と「理不尽な蛮行」の始まった日として。

 14日午前5時半すぎ、防衛省に雇われた漁師と民間警備会社の警備員が小型の漁船(作業船)に乗り込み、次々と汀間漁港を出港した。その数30隻以上。

 前日に金武湾に集結していた海上保安庁の巡視船も作業開始に合わせて移動し、警戒態勢に入った。威圧的で異様な光景だ。海保のゴムボートだけでも20隻を超える。

 反対派のメンバーはカヌーや漁船を繰り出し、抗議の声を上げた。木の葉のように波に揺れる反対派のカヌーと海保のボートが、海上でにらみ合う。

 米軍普天間飛行場の県内移設に向け、防衛省は14日早朝から、名護市辺野古沖の埋め立て予定海域にブイ(浮標)とフロート(浮具)を設置した。なぜか。立ち入り禁止区域を明示し、海上での反対行動を排除するためである。

 ブイ設置が終わり次第、海底のボーリング調査に着手し、16カ所を掘削する予定だ。

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 政府の強引な姿勢は際立っている。防衛省は6月、キャンプ・シュワブ沿岸部の常時立ち入り禁止区域を大幅に拡大し、約561ヘクタールの広大な海域を工事完了まで臨時制限区域に指定した。

 日米合同委員会の合意があれば、地元自治体や住民の意思にかかわらず、制限区域が拡大され、米軍のお好みの場所に日本の予算で、新基地が建設される。新基地が完成すれば、米軍に排他的な管理権が与えられ、基地の自由使用が認められる。

 住民の権利は一体、誰が守るのか。

 日本国憲法が本土・沖縄を貫いて等しく適用されているにもかかわらず、米軍基地が集中する沖縄では、国内法よりも日米地位協定と関連取り決めが優先される結果、国内法で保障された権利が制約を受けているのである。深刻な「構造的差別」だ。

 日米両政府は、辺野古移設を「唯一の選択肢」だと強調する。しかし、防衛省が打ち出した佐賀空港へのオスプレイ配備計画は、普天間の機能を佐賀空港に移しても支障がないことを自ら白状したようなものだ。

 森本敏元防衛相は大臣就任前の2010年5月、本社主催のシンポジウムで、こう語っている。「(海兵隊が)沖縄でなければならないかといえばノーだ。軍事的には日本国内であればよい。政治的にできないから官僚が塞いでいるだけである」。

 サンフランシスコ講和条約を批准した国会に、沖縄代表はいなかった。敗戦後の1945年12月に改正された衆議院議員選挙法によって米軍占領下の沖縄住民の選挙権が停止されたのである。

 沖縄代表不在の国会で講和条約が批准され、講和条約に基づいて米軍は沖縄における統治権のすべてを手に入れ、基地建設に乗り出した。50年代には、日本各地に駐留していた米海兵隊が沖縄に移駐し、「太平洋の要石」と呼ばれるようになる。

 そのような過酷な歴史を持つ地に、国家権力をちらつかせて米軍の基地を新設しようとしているのである。「理不尽な蛮行」というしかない。

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 日本生態学会の自然保護専門委員会委員長を務める加藤真・京都大大学院教授は、辺野古埋め立てを「取り返しのつかない愚行」だと指摘し、「沖縄の未来や希望と引き換えに何を守ろうとしているのか、理解に苦しむ」と強い調子で警鐘を鳴らしている(7月27日付朝日新聞西部版)。

 実際、サンゴや海藻の大型群落が残る大浦湾や辺野古沿岸域では今も、新種の発見が相次いでいる。

 県もこの海域を「自然環境の厳正な保護を図る区域」だと指定しているが、仲井真弘多知事は、「県外移設」という選挙公約に反して埋め立てを承認してしまった。

 ブイ設置が始まったことについて仲井真知事は、「コメントのしようがありません。防衛省に聞いてください」と、よそ事のように突き放した。もう関係ありません、と言わんばかりの態度である。あきれるしかない。