日本が近代国家の仲間入りをした明治という時代の特徴は「デモクラシー」(民主主義)の導入だった。民衆の訴えが議員という代表者を通して国政に反映される仕組みが、初めて確立された。そして戦後、日本国憲法で表現の自由、集会・結社の自由が保障された。

 民衆が国家権力に異議を申し立て、行動できる社会体制は、民主主義の根幹を成している。

 沖縄タイムスの世論調査で県民の66%が基地建設に反対した名護市辺野古に、国は抗議行動する民衆を排除するためのブイを設置した。

 日米両政府は事前に、米軍基地の周囲にある一般の人が立ち入れない区域を拡大した。抗議する人たちの排除を合法化するためだ。

 実は、防衛省は日米が2006年にV字形滑走路で合意した直後から、すでに立ち入り制限区域の拡大を検討していた。“防衛省の天皇”といわれた守屋武昌事務次官の在籍時だ。

 市長が代わろうが、民衆が抗議しようが、基地建設を強行する方針は8年前に決まっていた。

 この国は過去に、民衆と権力の激しい衝突を経験している。

 1960年、69年の「安保闘争」。60年代後半から70年代に激化した、成田国際空港建設に反対する「三里塚闘争」が代表例だ。

 どちらも市民側や警察側に死者が出る、悲惨な事態を招いた。ただ、闘いの場は陸上だった。

 近代国家の幕を開けた明治以降、この国は政府が事業主体となる基地建設工事をめぐり、海の上での苛烈な衝突を経験していない。

 言うまでもなく、海上の衝突は命に関わる。「平成の安保闘争」「平成の三里塚闘争」となる危険性をはらんでいる。

 ブイ設置やボーリング調査を単なる手続き、工程と捉えている政府に、こうした視点はあるか。

 民主国家で政治の要諦は、住民と権力の合意形成だ。地元の市長が反対している事業を強行し、その揚げ句に不測の事態が起きた場合、政権が吹き飛ぶ覚悟ができているか。

 誇りに感じている美しい海が埋められるとき、民衆がどう行動するか。安全に排除することなど可能なのか。政府は未経験の領域に、足を踏み入れようとしている。 (政経部・吉田央)