【奄美大島沖で新垣卓也】南風原町民の学童疎開体験者と共にその足取りをたどる「第20回南風原町子ども平和学習交流事業」の一行24人は20日午後9時半、奄美大島沖の船上で、米潜水艦の魚雷攻撃によって沈められた対馬丸犠牲者の慰霊祭を開いた。焼香し、海の底に眠る命へ祈りをささげた子どもたちの「月桃」の歌声が、漆黒の闇の中に響いた。

果物や花が置かれたテーブルに線香を立て、対馬丸犠牲者の冥福を祈る南風原の子どもたち=20日午後9時40分、鹿児島県奄美大島沖

 1944年8月22日午後10時12分ごろ、対馬丸は沈んだ。慰霊祭は当時の光景を思い浮かべてもらうため、沈没時間に近い午後9時半に開始。船の甲板にテーブルを置き、バナナやミカン、お酒や花を供えた。

 和浦丸から沈没するのを見ていた中村清さん(81)が「ちょうどこの真っ暗な夜だった。大きな炎が上がった」と当時の状況を説明。子どもたちは「私たちもいつやられるか分からず、怖かった」と語る中村さんの話に聞き入った。

 参加者全員で焼香した後、暗い海に手を合わせ、約20秒間の黙とうをささげた。代表であいさつした南風原小6年の金城璃子さん(11)、同小6年の天願智賀さん(11)、津嘉山小6年の勢理客愛美さん(11)は「この悲劇が二度と繰り返されないように、私たちは戦争のない平和な世界を築いていく」と声をそろえた。

 南風原文化センターの平良次子学芸員が、対馬丸遭難の生き残りである母啓子さんからの弔辞を代読。「皆さんの犠牲の上に築かれた平和があることを肝に銘じ、全人類が平和のうちに生きられる努力をする」と力強く読み上げた。

 一行は21日から4日間、熊本県や宮崎県を訪ね、70年前の南風原の子どもたちが暮らした寺や国民学校跡などを回り、体験者の話を聞く。現地の小学生とも交流する予定だ。