沖縄県知事選挙が近づいている。昨年末の仲井真弘多知事による埋め立て承認にもかかわらず、県民の多くはなお県内移設に反対している。また、名護市の反対によって資材置き場の設置が困難となり、工事の手順見直しを迫られるなど、辺野古移転は、政治的にも物理的にも大きな障害に直面している。

 政府は、自衛隊によるオスプレイ購入に伴い、配備先として佐賀空港を打診した。辺野古の代替施設完成までの暫定措置ではあるが、海兵隊が沖縄県内にいることが抑止力であると主張してきた政府自身が、数年間は沖縄にいなくてもよいと自ら認めたことの意味は大きい。政府が言う「安全保障環境の厳しさ」が、その数年間に限って緩和されることが証明されなければ、数年が数十年になったとしても、同じ結論になるはずだ。

 私は、かねてから、沖縄の海兵隊の抑止力に異議を唱えてきた。県民の不信感も、「抑止力のため沖縄以外にない」という説明に納得していないことを表している。

 抑止力は、安倍晋三首相が集団的自衛権の根拠として使うキー・ワードでもある。「米軍艦を守れば抑止力が高まり日本が平和になる」という論理だ。

 本当にそうだろうか。抑止とは、相手を威嚇し、攻撃時の損害や報復の恐怖によって行動を思いとどまらせることだ。相手が抑止されまいとしてより強くなろうとする結果、果てしない軍拡競争に入りこむ。

 また、抑止力は、相手を叩(たた)く能力とともに、その意志があって初めて成立する。「やるならやってみろ」ということだ。それは、日本が進んで戦争に参加する意志を表明することにほかならない。

 するとどうなるか。相手が日本を敵とみなして攻撃する動機が生まれても不思議ではない。仮に中国であれば、基地が密集する沖縄にミサイルを撃ち込んでくる。こうした負の側面を語らない抑止力論は、政治的プロパガンダであって安全保障ではない。

 基地問題と集団的自衛権はともに、キー・ワードである「抑止力とは何か」が語られない点で、共通の根っこを持っている。今回の県知事選は、抑止力の虚構に対する審判として重要である。問題は、勝つかどうかではなく、いかに勝つかだ。

 県外移設という県民の声を圧倒的多数で表すならば、もともと必然性がなかった辺野古移設を断念に追い込むことができ、ひいては、国民への説明のないまま進められている集団的自衛権容認の動きに対する強力なブレーキとなる。(柳沢協二 新外交イニシアティブ理事/元内閣官房副長官補)

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 新外交イニシアティブ(ND)設立1周年記念、ND編「虚像の抑止力」出版記念シンポジウム「どうする米軍基地 集団的自衛権-オキナワの選択」が25日午後7時から那覇市の沖縄かりゆしアーバンリゾート・ナハで開かれる。登壇者にシンポの意義などについて寄稿してもらった。シンポなどの問い合わせは、電話03(3948)7255。