【森田のりえ通信員】琉球放送(RBC)は今年、開局60周年を迎える。海を渡ったウチナーンチュやその子孫の戦争体験を取材し特別番組を制作する計画で、このほど第2次世界大戦中、カリフォルニア州のツールレイク強制収容所に入れられた山城正雄さん(98)の貴重な証言を、フリーの原義和ディレクターが取材した。

原義和ディレクターの取材を受ける山城正雄さん(右)。バック絵は静江夫人の作品=北カリフォルニアの自宅

 米政府は第二次世界大戦が始まると、西海岸に住んでいた日系人約12万人を各地の収容所に収容した。入所に際し17歳以上の男女を対象に忠誠登録と呼ばれる2つの尋問があった。(1)あなたは米軍に入って戦闘任務に服しますか。(2)あなたは米国だけに忠誠を尽くしますか。この二つの質問にノーと答えた人は「ノーノーボーイ」と呼ばれ、北カリフォルニアのツールレイクという監視の厳しい収容所に移された。

 原ディレクターは7月7日に山城さん宅でインタビューした。98歳とは思えないほど記憶も会話もしっかりしていた。ハワイで生まれて8歳で沖縄へ行き、16歳でハワイに戻る。このような人を帰米二世という。

 「ツールレイクでの暮らしはどうでしたか」の問いに「楽しかったねぇ。衣食住の心配はいらず、持ち込んだ20冊の本を読んだり、文学仲間と同人誌を出したり、詩を書いたり好きなことが出来た」と収容所内の意外な様子が語られた。

 山城氏は辛かったはずの体験はほとんど語らなかった。子供のころから読書が好きで、本を出すのが夢だった。その後『帰米二世』と『遠い対岸』を出版した。当地の新聞に『子豚買いに』というコラムは何十年も書き続けている。1千冊に余る蔵書は沖縄県人会へ寄贈するという。現在、93歳になる画家の静江夫人と仲むつまじく暮らしている。

 取材した原ディレクターは「文芸に生きた人の作家魂を感じた」と語った。

 番組の放送予定日は、11月1日。