【東京】宮内庁は9日付で、昭和天皇の生涯を記録した「昭和天皇実録」の内容を公表した。宮内庁によると、非公開の内部文書を含む3152件の資料をもとに編さん。沖縄関係では、天皇が米国による沖縄の分割、軍事占領を望み、現在の過重な米軍基地負担につながる「天皇メッセージ」を、日本の公式記録として記述した。ただ、連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥との会見の全記録などはなく、天皇の沖縄に対する認識や、沖縄の戦中、戦後史の空白を埋める内容に至っていない。一方、戦後かなわなかった沖縄訪問の希望はたびたび記述しており、沖縄への「贖罪(しょくざい)意識」が浮き彫りになった。

昭和天皇

昭和天皇実録(代表撮影)

昭和天皇 昭和天皇実録(代表撮影)

 天皇メッセージでは、1947年9月19日に、御用掛の寺崎英成が、GHQ外交局長のウィリアム・シーボルトを訪問したと記載。「沖縄占領の継続を望むという天皇の意向を伝える」とした。

 52年4月のサンフランシスコ講和条約発効で、沖縄はメッセージ通り日本から切り離され、本土と異なる戦後史を歩んだ。

 メッセージ自体は、進藤栄一筑波大学大学院名誉教授が、シーボルトの報告電文を米国の公文書館で発見、79年に公表している。

 進藤氏は「事実が『実録』に確認されたことは、応分に評価できる」としたが、48年2月にも沖縄の長期占領を、寺崎を通してGHQに伝えていると指摘。「2度目の言及はなく、歴史事実を極小化している。官製正史の限界と本質を示している」と評した。

 天皇は復帰後、沖縄訪問の機会を模索した。87年の沖縄海邦国体への出席が決まったが、体調を崩し、訪問は中止。その心情を「思はざる病となりぬ沖縄をたづねて果さむつとめありしを」と詠んだ。晩年の88年にも意向を示しており、希望の強さをうかがわせた。

 [ことば]昭和天皇実録 昭和天皇の87年余りの生涯を政治、社会、文化、外交の出来事も交えながら、年月日順に記述した年代記。宮内庁書陵部が1990年に編さん開始。側近の日誌や未公開の個人文書など約3千点余の資料を収集し、元侍従ら約50人から聞き取り調査を重ねた。2回の期間延長を経て24年間かけて完成。今年8月、天皇、皇后両陛下に提出された「奉呈本」は和紙に印刷し、糸でとじる装丁で本文60冊に目次・凡例が付属した計61冊、計約1万2千ページ。全文が情報公開請求の対象となるほか、来年3月から5年計画で公刊される。