詩人の川崎洋さんの作品「存在」の一節にある。〈「二人死亡」と言うな/太郎と花子が死んだ、と言え〉

 ▼一人ひとりはかけがえのない存在である。その死を無機質な数ではなく、命のぬくもりをまとった名前が大事なのだと説く

 ▼ニュースは実名報道が原則だが、例外的に匿名にする場合がある。少年法が保護する未成年や刑事責任能力がない人、乱暴された女性らである。書かれる人の名誉やプライバシー、遺族感情を傷つけないかが考慮されている

 ▼日本新聞協会で匿名報道をめぐる研究会があった。沖縄での痛ましい暴行殺人事件も取り上げられた。匿名によって、事件の「痛み」がかすむのではないか。落ち度のない被害者の名を伏せることが、逆に尊厳を傷つけることにならないか。議論となった

 ▼深い悲しみや怒りで混乱する遺族の動揺を思う時、配慮する気がまさる。被害者の無念に寄り添い、存在を記憶に刻むには名前がよりどころになる。議論に一理あっても、実名か匿名か簡単に割り切れる問題ではない

 ▼「平和の礎」に刻まれた名前を見れば、戦争に進む社会であってはならないと思う。自死遺族や心病む人、認知症の人らが近年、偏見を拒み存在を受け入れる社会を求めて名乗り出ている。「名前」の問題は社会のありようが深く関わる。難しさを痛感する。(宮城栄作)