朝日新聞社の木村伊量(ただかず)社長は11日記者会見し、東京電力福島第1原発事故の「吉田調書」に関する記事を取り消すとともに、従軍慰安婦をめぐる報道での訂正の遅れを謝罪した。

 同社の12日付朝刊1面は謝罪会見と社長の謝罪文でほぼ埋められた。社会的反響が大きかったことを物語る。

 吉田調書は福島第1原発事故当時の所長、吉田昌郎(まさお)氏が、政府の事故調査・検証委員会の聴取に対し事故の状況を語ったものである。朝日新聞は5月20日付朝刊で「第1原発にいた所員の9割が吉田氏の待機命令に違反し第2原発へ撤退した」と報道した。

 その後、調書を入手した複数の報道機関が、命令違反はなかったと報じたことから、記事に疑義が生じた。

 調書からは「伝言ゲーム」のように混乱している状況が読み取れるものの、「第2原発に行った方がはるかに正しい」と、所員の判断が適切で、命令違反の認識はなかったことを示す言葉がある。

 木村社長は「調書を読み解く過程で評価を誤った。記者の思い込みと、記事のチェック不足が重なった」と誤報の理由を説明した。

 調書を素直に読めば、そして所員への裏付け取材をきちんと行っていれば、防げた誤りだったのではないか。センセーショナルな記事を求めるあまり、証言の一部を切り取り事実をゆがめてしまった。

 ぎりぎりのところで踏ん張っていた所員を「命令違反で撤退」の言葉で深く傷つけたことは否定できない。

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 慰安婦問題で朝日新聞は報道を検証する記事を8月5、6日に掲載した。その中で慰安婦を「済州島で強制連行した」とする吉田清治氏の証言を虚偽だと判断し、過去に掲載した記事を取り消した。

 検証記事をめぐっては、それを批判するジャーナリスト、池上彰氏のコラム掲載を拒否したことが、さらに波紋を広げた。30年以上も前の記事を今になって取り消したことを「遅きに失した」とする池上氏の指摘はその通りである。「訂正するなら、謝罪もするべき」と書いたのも多くの人が感じたところだ。

 掲載中断を決めた編集担当の取締役が話したように「過敏」な反応というしかない。

 吉田氏の証言については本紙も共同通信の配信を受け、1991年12月6日に掲載している。記事の取り消しや謝罪が新聞への信頼を著しく低下させたことを、私たちも戒めとして深く胸に刻みたい。

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 吉田証言とは別に朝日新聞は「意思に反して軍に性をささげるという広い意味での強制性はあった」と慰安婦問題の本質を主張し続けている。

 先に政府が見直す考えはないと決めた河野談話の「女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」との公式見解も広く世界に知られている。

 国際社会では紛争下における性暴力など女性の人権への関心が高まっている。慰安婦の問題を人権の観点からとらえ直し、未来へ向けて冷静に向き合っていく必要がある。

 誤報の問題と同時に、ジャーナリズム全体に投げ掛けられた重い課題である。