ある高齢者施設を取材した時のこと。一人の男性に目が留まった。健康そうな姿からは一見、施設入所の理由が見当たらない

▼話しかけると笑顔で応じた。「昔は金融関係の仕事でね」。70代で1人暮らしが長かったと言う。金銭面の問題も無く、話せば話すほど入所の必要は感じられない。すると隣にいた職員が「その人、認知症ですよ」

▼自らの経歴をよどみなく話す男性が患っていることに驚いた。同時にぶっきらぼうな職員の態度に疑問を覚えた。男性の目の前でそんな言い方は気を悪くするのでは、とたしなめても「どうせ覚えていない」と悪びれない

▼専門家によると認知症は記憶を失う病気だが、感情は別。出来事は覚えていなくても気持ちは残り、不快な感情が問題行動の引き金になることもあるという。昨年来県した認知症当事者の中村成信さんは「できていたことができなくなる腹立たしさと常に葛藤している」と言った

▼認知症に限らず、年齢を重ねれば、誰しもできることが少しずつ減っていく。「どうせ認知症/お年寄りだから」という言葉や態度は、葛藤のさなかの当事者の目にどう映るだろう

▼目の前のお年寄りは将来の自分。そう考えれば対応も変わるのでは。あすは敬老の日。まず「わたし」がどんな老いを迎えたいかを考えるところから始めたい。(黒島美奈子)