「苦しいときの女頼み」。にっちもさっちもいかないときに、政界などの「男社会」は、やっと権力を女性に明け渡す

 ▼いまだにままある、そんな構図の中で「やるっきゃない」と果敢に役回りを引き受けた元社民党党首の土井たか子さんが亡くなった。訃報に、沖縄との縁や反戦・護憲姿勢もさることながら、華やかな業績の裏側に思いを巡らせた

 ▼1986年に日本初となる女性党首に就いたときには、衆参同日選で大敗した社会党(当時)の立て直しを託された。憲政史上初の女性衆院議長に就任した93年は、細川護煕連立政権下。社会党など非自民8党による連立は、お世辞にも盤石とはいえなかった

 ▼プレッシャーの中にあっても結果は出した。党首だった89年には、TBS記者だった堂本暁子前千葉県知事ら女性を参院選に多く擁立し「マドンナ旋風」を巻き起こした。その後も女性政治家を育て政界進出を促した

 ▼議長時代には、国会で慣例だった「君」ではなく、よく通る声で「さん」と呼び独自色を出した。今なお、みずみずしく感じる

 ▼政治家人生の晩年はつらい事件も起き、落選した。それでも、火中のクリを拾い「ガラスの天井」を打ち破った功績は色あせない。「元気な姿だけを覚えていてほしい」というおたかさんの心意気を、すべての女性政治家に送りたい。(与那嶺一枝)