沖縄県が沖縄戦で焼失した首里円覚寺内の建造物「山門」の復元を計画していることが15日までに分かった。本年度中に専門家の知見を踏まえて基本設計を策定し、早ければ2018年にも完成予定。同じく戦火で失われ1968年に復元された総門(敷地入り口の門)以来となる寺院内の施設の大規模な築造となり、琉球随一の大寺といわれた円覚寺内の建造物が約70年ぶりによみがえる。(与儀武秀)

戦前に首里円覚寺内に建てられていた山門(県立芸術大学付属図書・芸術資料館所蔵、鎌倉芳太郎撮影)

円覚寺の平面図

戦前に首里円覚寺内に建てられていた山門(県立芸術大学付属図書・芸術資料館所蔵、鎌倉芳太郎撮影) 円覚寺の平面図

 山門は、臨済宗の沖縄の総本山として15世紀末に完成した円覚寺の敷地中央にあった2階造りの門。現在は復元されている総門を入り放生池を渡った先にあり、寺の中心建造物である仏殿の正面に位置していた。山門をはじめ寺内の各施設は1933年に国宝指定されたが、戦災で焼失した。

 下層と上層に分かれた瓦ぶきの二重門で俗世間との境界を示すとされ、寺院の主要な建造物の中でも荘厳な外観を持っている。

 復元される山門は木製で、大きさは横幅約23メートル、高さ約11メートル(予定)。寺院内の他施設と比べて写真資料などが多く残っており、細部の寸法などの大きさが割り出せたため、優先的に復元することになった。

 昨年までに石積の外壁工事や発掘調査を終了。今後、建築や文化関係者の復元整備委員会(仮称)を立ち上げ、意見を踏まえ本年度中に基本設計を策定。来年度に実施設計をまとめた後、文化庁の補助事業として予算要求する方針。工期は2~3年を見込む。

 担当課の県教育庁文化財課では「首里円覚寺は鎌倉円覚寺に建築手法を倣ったといわれ、今後比較も必要。首里城以外に円覚寺でも琉球建築を目にできるようにしたい」としている。