北米沖縄県人会館もあるロサンゼルス郊外のガーデナ市には、沖縄系の人々が多く在住している。そのガーデナの中心街とも言えるウェスターン通りに、「サムライオートボディ」と目立つ看板が掲げられている。オーナーの金城剛さんは大阪出身のうちなーんちゅ2世だ。

経営する「サムライオートボディ」の看板の前に立つ金城剛さん=ガーデナ市

 金城さんは板金塗装一筋27年。高校卒業後にこの道に入り、その後独立して大阪府寝屋川市で板金塗装工場を経営していた。

 ところが7年前、一家に大きな転機が訪れる。「3歳からバイクを始めていた娘のさやかに、モトクロスの本場の環境で活躍してほしいと、店も家も売ってアメリカに移住を決めた」と、金城さんは当時の大きな決断を振り返る。

 既に全日本モトクロス選手権3位に入賞していた15歳のさやかさん、小学校を終えたばかりの長男の翔太君、そして妻の実千代さんと金城さんの4人は2007年に渡米を決行。そして、親戚も誰も頼る人がいないロサンゼルスで、ゼロからの生活が始まった。

 「おかげさまでさやかのアメリカでの頑張りがあって、地元のテレビや日本のテレビでもモトクロス選手として紹介されるようになった。それを見た沖縄県人会の方から声を掛けてもらい、随分助けていただきました」

 子どもたちはいきなり現地校に通うことになり、英語で随分苦労したそうだ。金城さんは日本人経営の板金塗装のショップを手伝い、美千代さんもパートに明け暮れた。すべてはさやかさんの夢を、家族皆で後押しするためだった。

 そして、2年前、ついに金城さんは自分の城ともいえる板金塗装工場をオープンした。「アメリカにサムライスピリットで挑戦した一家という意味を込めて会社名を決めました。ビジネスは大変ですが、口コミの紹介で何とか上向いています」。日本とアメリカの違いを問われると、「日本では仕上げに虫眼鏡を使って丹念にチェックするお客さんもいるほど車に関しては完璧な仕上がりが要求されます。しかし、アメリカ人のお客さんは日本ほど細かくないのが国民性と言えるかもしれないですね」

 金城さん自身、渡米時の英語力はゼロだったが、今ではアメリカ人と日本人の顧客が半々。家族経営の店で自身も電話に出て英語で仕事をこなしている。

 目標は娘のさやかさんが、モトクロスの世界チャンピオンの座につくようにサポートを続けることだが、ここに来て状況が変わっていると打ち明ける。今年、アメリカで大きな存在だったアメリカンウーマンズリーグがなくなってしまったのだ。

 「このままアメリカでさやかが続けていく意味があるのか疑問も出てきた。そこでヨーロッパに渡るか、熱心なスポンサーがいるオーストラリアに行くか、今再び転機を迎えています」

 せっかく軌道に乗せたビジネスだが、さやかさんにとって最高の環境を追い求めて再び新天地をめざす可能性もあるという。しかし、その土地が地球上のどこであっても、一家の結束と夢を信じる力は揺らぐことがないはずだ。(福田恵子・ロサンゼルス通信員)