安倍晋三首相が意欲を示す道徳の教科化が、2018年度から実施される見通しだ。個人の価値観とも関わる道徳教育への国の関与は、戦前の「修身」による愛国心教育を思い起こさせる。時代の歯車が逆行していくような危うさを感じる。

 中央教育審議会(中教審)が、現在は正式な教科ではない小中学校の「道徳の時間」を、教科に格上げするよう下村博文文科相に答申した。

 答申の柱となるのは、検定教科書の使用と評価の導入である。文科省は、答申を受けて、道徳に関する学習指導要領の改定と教科書の検定基準作成に着手する。

 検定教科書の使用は、国による特定の価値観の押し付けや、子どもの思想統制につながる懸念が拭えない。

 文科省は今年、教科書検定の基準を見直した。愛国心条項を盛り込んだ教育基本法の目標に照らして重大な欠陥があれば不合格にする-というものだ。これでは教科書会社が萎縮し、政権の意向に沿うように進む恐れがある。

 第1次安倍政権では、教科化に中教審で異論が出て見送られた経緯がある。それがなぜ、了承されたのか。戦後教育の見直しにこだわる安倍政権が国家統制の色濃い教育政策を次々と打ち出し、その流れが加速しているのだ。

 来年4月から使われる小学校教科書では、社会科の検定を申請した多くの教科書会社が、尖閣諸島や竹島について記述した。領土教育を重視する政権の意向を踏まえたものである。

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 道徳の教科化について中教審は「多様な価値観の、時に対立がある場合を含めて、それらに向き合い、問題を考え続ける姿勢こそ道徳教育で養うべき資質である」と答申で述べている。正論である。だが国が教科化によって一定の価値観を示すことで、異論を排除する不寛容さを助長しないか危惧する。

 県内では、基地問題や安保政策など世論が分かれる政治的なテーマが、学校の授業や平和学習で取り上げにくい空気が醸成されている。

 集団的自衛権の行使容認の閣議決定に関し、7月の参院予算委員会で島尻安伊子氏(自民)が「学校で子どもたちが誤解する表現で授業が行われている情報がある」と述べ、国の見解を求めた。これに対し下村文科相は「授業で社会的事象を扱う場合、一方的な主義主張による不適切な事案があれば、文科省としても指導する」と答えた。多様な価値観を育む教育とは程遠い姿勢である。

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 教育現場では教師たちが、さまざまな教材や工夫で、子どもたちの心を育てる道徳の授業を行っている。テーマによっては、すぐには答えの出せない問題について話し合うこともあるだろう。正解は一つではない。道徳教育とはそういうものではないか。

 教科化は「評価」の対象ともなる。答申では点数制ではなく、記述式による評価を提言したが、心の内をどう評価するのか。子どもたちに警戒心を与え、画一的な価値観を植え付ける恐れがある。それはもはや教育とはいえない。