誰にでも訪れる「死」と向き合うことが、より良い「生」につながる-。学生時代、哲学者のアルフォンス・デーケンさんに学んだ。対語が矛盾なくつながり納得した驚きがあったのかもしれない。当時のわずかな学びの記憶の中で、今も鮮やかによみがえる講義である

▼県内でも「終活」に関心が高い。限りある人生の時間を意識し、今をより自分らしく生きたいと、内なる欲求を再確認するようになったからだろう

▼国内にも波紋を広げた記事が胸を離れない。末期がんで余命わずかと告げられた29歳の米国人女性が、安楽死を予告し、医師が処方した薬を飲んで亡くなった

▼「死にたくはない。もうすぐ死ぬなら、自分の思い通りに死にたい」とつづっていた。生きていたい気持ちと、最末期に待ち受ける苦しみへの悲嘆との間で、心は揺れ続けていたのかもしれない

▼患者の意思を尊重して延命措置を中止する尊厳死とは異なる。日本では医師が自殺ほう助罪に問われかねず、許されないケースでもある。それでも、自分が短い命と宣告され、もし耐え難い苦痛の中にあるなら、家族がそう望んだらどうする、と考えを巡らせた人も多かろう

▼女性の決断の是非は軽々に語れない。ただ、悩み苦しんだ上だったにしても、自ら死期を早めることには、やはり胸のつかえが下りない。(宮城栄作)