あふれる感情に突き動かされ、内にあるリズムに身を委ねて踊るカチャーシー。十数年前、中部の島のハーリーで見た小柄な高齢女性のカチャーシーは競い合う船を迎えるように躍動的で、海にも負けない存在感にほれぼれした

 ▼芸術家の故岡本太郎氏は『沖縄文化論』(中公文庫)で、カチャーシーを「このような踊りの感動は、言いかえれば、生きるアカシの儀式かもしれない」と記している

 ▼『沖縄文化論』は1959年11、12月に沖縄の各地を訪れ、まとめられた。岡本氏は読谷村であった闘牛を見て、勝利した牛の飼い主と思われる女性の踊りに「笑みあふれた顔、ひょこひょこと手を振りあげ、足を踏む。アッと思うような見事な踊り」と感嘆している

 ▼選挙で当選者がカチャーシーを踊るのは、沖縄ではおなじみの光景だ。支持者の手拍子と歓声、指笛に合わせ、喜びを体いっぱいで表現する。多少ぎこちないのも愛嬌(あいきょう)である

 ▼県知事選や那覇市長選なども最終盤を迎え、各陣営の支持拡大の動きが白熱している。一票をお願いする絶叫調の街宣も町中に響いている

 ▼泣いても笑っても、選挙運動はきょうで打ち上げ。あすは有権者の審判が下る。歓喜の渦に包まれて、カチャーシーを披露するのは誰か。その踊りの向こうにどういう沖縄が見えてくるだろうか。(与那原良彦)