沖縄の人々が長い間、心の底にしまい込んでいた感情が、マグマとなって一気に地表に噴き出した。予想を上回る歴史的な選挙結果である。

 米軍普天間飛行場の辺野古移設問題を最大の争点にした知事選で、移設反対を主張する前那覇市長の翁長雄志氏(64)が、埋め立てを承認し移設容認に転じた現職の仲井真弘多氏(75)ら3人の候補を大差で破って初当選した。

 1月の名護市長選に続いて再び、「埋め立て承認・辺野古移設反対」の強固な民意が示されたことになる。沖縄の多数意思が何を求めているかは、もはや疑う余地がないほど明白だ。

 同時に実施された那覇市長選も、「オール沖縄」の旗を掲げ翁長氏と完全セットで選挙戦を展開した前副市長の城間幹子氏(63)が、自民、公明推薦の与世田兼稔氏(64)を振り切った。

 保革の枠を超えて集まった人々が、保守層だけではなし得ず革新層だけでも果たせなかったであろう二大選挙のダブル勝利を勝ち取ったのである。沖縄の今後の政治潮流に大きな影響を与えるのは確実である。

 仲井真知事が昨年12月に行った埋め立て承認の法的効力は今も生きている。とはいえ、県外移設の公約に反して事前説明もないままほとんど独断で承認したことが有権者から2度にわたって否定された事実は極めて重い。

 もはや辺野古移設をめぐって丁々発止と渡り合う時期は過ぎた。「地元の頭越しには進めない」という普天間問題初期の政府方針に立ち戻り、計画見直しに向けた話し合いに入るべきである。

 1996年の返還合意からはや18年。住民にこれ以上、精神的負担を強いてはならない。ここまできてなお移設を強行するのは、暴力的な犠牲の押しつけである。

 試合終了のホイッスルを鳴らすときだ。

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 昨年12月、仲井真知事は首相官邸で安倍晋三首相と会談し、沖縄振興策などの説明を受け、「驚くべき立派な内容」「140万県民を代表して心から感謝する」と最大限の賛辞を連ねた。記者団に対しても「いい正月になる」と、耳を疑いたくなる言葉を連発した。

 知事が辺野古の埋め立て申請を承認したのはその直後である。

 この一連の言動が県民感情を刺激し、特に高年層の激しい反発を招いた。

 仲井真氏は出馬表明にあたって「県民に誤解を招いた」と陳謝し、選挙中も文書を配って重ねて「いい正月」発言をわびた。いかに有権者の拒否反応が大きかったかを物語っている。

 今回の知事選は仲井真政治に対する信任投票の性格を帯びていた。

 結果は仲井真氏のオウン・ゴール。「辺野古ノー」と同時に、「仲井真ノー」が示された選挙でもあった。

 自民党本部は当初、苦戦必至の仲井真氏出馬を懸念し、自民党県連に再考を求めたが、県連はこれに従わず、自ら墓穴を掘る結果を招いた。那覇市長選の候補者選びでも、もたつきが目だち、調整力、指導力の低下を印象づけた。

 自民党県連は知事、那覇市長という重要ポストを失っただけでなく、保守層と経済界の分裂を生じさせ、知事選では公明党の支援も得られなかった。

 党内で責任問題が浮上するのは避けられない。沖縄の政治は流動化の過程に入るはずだ。

 当初、革新陣営の中には、翁長氏の過去の経歴や政治活動に対するアレルギーが強く、当選後の心変わりを懸念する声があった。

 懸念が杞憂(きゆう)に終わったのは、仲井真氏当選に対するかつてない警戒感と、保守革新両サイドの選挙協力が予想以上にうまくいったからだ。

 劇的な勝利を手にした翁長氏には、休む間もなく難題の数々が待ち受けている。今後の県政運営は容易ではない。

 主張の異なる支持層の声をどのように拾い上げ、公約を実現していくか。自民党時代に発揮した手腕を、自民党を野党に回してどのように発揮していくか。政治家としての正念場である。