保革双方から支持された翁長雄志新知事の誕生は、沖縄の政治に新たな歴史を刻んだ。現職の仲井真弘多氏に10万票近い大差をつけての当選は、住民意識の変化という見えない「地殻変動」が強固なものであったことを示す。

 革新側にとっては、土俵際まで追い詰められた絶対に負けられない戦いだった。経済界有志は、うちなーんちゅの尊厳を守ろうと立ち上がった。保革を乗り越えた体制で翁長氏当選を勝ち取ったわけだが、それにしても10万の票差は予想外だ。

 住民意識の変化を促した背景の一つに、沖縄経済における基地依存度の低下が挙げられる。

 県経済に占める基地関連収入の割合は、復帰時の15%から5%まで減った。翁長氏は「米軍基地は経済発展の最大の阻害要因」と繰り返し訴えた。基地を返還させ跡利用を図ることが沖縄の自立につながる、との考え方がじわり浸透していったのだ。

 最大の争点となった米軍普天間飛行場の辺野古移設問題をめぐっても、海兵隊の「抑止力論」は、今やすっかり色あせている。

 森本敏元防衛相が「軍事的には沖縄でなくてもいい」と認めたことからも分かるように、本土が嫌がるから沖縄に置くという発想は地域差別以外の何ものでもない。

 在日米軍再編に携わった米元高官は「18年前と現在の必要性をめぐる論議は必ずしも同じでない」と語っている。 政治的な強い意志があれば県外移転は可能なのである。

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 今回、翁長氏を支持した体制は「建白書」共闘ともいえる枠組みだ。

 昨年1月、オスプレイ配備撤回や普天間の県内移設断念を政府に突きつけたのが建白書で、県議会各会派代表、全市町村長と議会議長が署名・押印し、「オール沖縄」の旗の下に結集した。

 2007年の教科書検定意見撤回を求める県民大会、10年の普天間飛行場の国外・県外移設を求める県民大会も「オール沖縄」によるものだった。仲井真知事をはじめ全市町村長が行動し、保革で問題を広く共有した。

 県が12年に実施した県民意識調査で、沖縄に米軍基地が集中することに7割もの人が「差別的」と答えたのも見逃せない重大な意識変化である。

 公約を覆し辺野古の埋め立てを承認した仲井真知事や、「オール沖縄」の輪から抜けていった自民党議員らは、この変化を小さく見ていたのではないか。

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 選挙戦で翁長陣営の弁士がしまくとぅばを話す場面が目立ったことも、まったく無関係ではない。

 最近のしまくとぅば復興や沖縄の歴史をとらえ直そうとする試みなど、沖縄らしさの自己回復の動きとも共鳴し合って、住民意識は少しずつ、確実に変わってきた。

 沖縄に生きる一人一人の心の深いところから生じた「新基地ノー」の意思は、そう簡単には変えられないし、戻ることもないだろう。

 日米両政府は、知事選の結果を生んだ住民意識の変化に真正面から向き合うべきだ。