「シタイ!」といいながら16日にこのコラムを書き始めた。NHKの国際ニュースやタイムスのHPなどで県知事選挙で翁長雄志氏圧勝のニュースを見た。その五日前から書き出したが、選挙が気になり落ち着かず、全く進まない。シマの親戚や友人たちに電話中に当確を知った。県民のユナイティドゥ(団結)なのだ。イデオロギーではなくアイデンティティー(ID)、基地返還後の有効利用、観光産業の展望など翁長氏は沖縄像を語っている。意識が明確で機転が利き、第一ウチナンチュIDのDNA丸出しで人格者の印象を受けた。チムガワイせぬよう「新基地NO!」の覚悟を有言実行してほしい。

県人会の役員が見守る中、素晴らしいプレゼンテーションを披露した普天間高校と北山高校の生徒ら=ニューヨークの日本総領事館

 新都心が「マチナトハウジング」と呼ばれていた1970年ごろ、私の家族はそこに住んでいた。道も建物もセメントで灰色の印象しかない。米国に住んでから何十年後に帰省中、親戚の車に乗車中に「ここどこか分かる?」と聞かれたがピンとこない。返還後の復興と発展に仰天しうれしくて震え、シマンチュであるIDを再充電させた。

 沖縄はまだ米軍基地に依存する必要ありと思っている、終戦直後の感覚でいる県系人もまだいる。

 気になるのは沖縄の将来を担うウチナーの若者だ。9月に県内志向の若者に「大志を抱け」と彼らの覇気を刺激するつもりで書いた。その翌月「ニューヨーク(NY)までやって来たか ウチナーワラバーズ」と感じさせるあっぱれな事が起こった。10月23日にNY日本総領事館で沖縄の高校生50人と教諭4人のため歓迎会があった。国際交流基金による米高校生も日本訪問をする相互的企画、日米親善「かけはしプロジェクト」の一環だ。

 歓迎会では最初に普天間高校生たちがプレゼンテーション。映写機係が普天間上空のオスプレイの飛行状況を映すと数人で英語だけで説明。米軍基地の過重負担、日本の74%の米軍基地が国土面積の0・6%の沖縄に占められている現状を、具体的に映像を使い、分かりやすく説明。普天間高生ならではの実感ある訴えだった。北山高の25人は今帰仁城跡を映し英語だけで歴史を説明したり、グループでモダンダンス、空手の形、校歌合唱でバラエティーに富んだ沖縄紹介だった。

 基地問題をはじめとする「沖縄問題」は県外、国外へ訴える力が求められる。

 知事選挙のニュースを見ていてNYにやって来て直接、英語で沖縄を紹介し現実的にメッセージを残したウチナー高校生たちを連想した。前途有望な沖縄の若者たちよ、私はあなたたちに希望を抱く。英語は国際語。国際交流とは英文を読み上げるだけが能ではない。通訳なしに臨機応変で対話するのである。それを対等という。誤解や軽蔑を招かず問題解決への近道にもなろう。

 その懸け橋づくりは沖縄県だけでも可能と思う。適材適所で活性化できる人材育成の企画である。ウチナー共鳴者らと共に我らウチナンチュとしての土台、IDが連帯感を強固にする。それが対策への原動力だと信じている。(てい子与那覇トゥーシー通信員)