〈ともに過ごす時間いくばくさはされどわが晩年にきみはあらずも〉。この欄で何度か紹介されている歌人の故・河野裕子さんの夫、永田和宏さんが、がんを患った妻の最末期によんだ歌の一つにある

▼もうすぐ訪れる最愛の家族との別れのつらさ、残される寂しさに心揺さぶられながら、死を受け入れざるを得ない。そのどうしようもなさが伝わる

▼「6歳未満」としか伝えられなかった女児の両親も、ベッドに横たわる娘に語り掛け、自問自答を繰り返したことだろう。低酸素脳症で東京で入院していた少女が脳死と判定され、両親が承諾して臓器移植のドナーとなった

▼親の晩年をみとるどころか、まだまだあどけない子の死である。一日でも長くと祈り、見守りながら、回復が望めない厳然とした事実に向き合った長い時間を思うと、胸が詰まる

▼「臓器提供という形で病気に苦しむお子さんを助けることに、娘はきっと賛同してくれると信じている」と両親がコメントした。人一倍、心優しい子だったに違いない。「他の子の命を救うことになれば慰めとなる」。感情を抑えた言葉が心にしみた人も多かろう

▼幼い心臓、肺、肝臓、腎臓も、移植手術はすべて成功したという。新たな体の中で、少女の優しさとともに育った臓器が元気に動き続けることを祈らずにはいられない。(宮城栄作)