【那覇】市の国際通りのランドマークタワーだった「那覇タワー」の姿が消えた。10月から解体工事が始まり、現在は安全性確保のため建物全体が灰色のシートで覆われている。工事関係者によると建物の上部分はすでに解体を進めており、40年余り市中心市街地のシンボルだったタワーの姿を二度と見ることができなくなった。(吉川毅)

那覇タワーの解体工事が始まり、その姿を見ることはできなくなった=26日、那覇市牧志周辺

那覇市国際通りのランドマークとして親しまれた「那覇タワー」(2014年8月19日撮影)

那覇タワーの解体工事が始まり、その姿を見ることはできなくなった=26日、那覇市牧志周辺 那覇市国際通りのランドマークとして親しまれた「那覇タワー」(2014年8月19日撮影)

 那覇タワーは鉄筋コンクリート造、高さ約83メートル、地上19階、地下2階建て。本土復帰翌年の1973年に建てられた。那覇市民会館や海洋博の沖縄館などを手掛けた沖縄を代表する建築家、故・金城信吉さんが設計した。

 ファッションビルなどとして営業後、2006年に不動産事業のゼファーが取得。08年に同社が経営破綻して以降、閉鎖していた。現在は、九州を中心にビジネスホテルチェーンを展開するグリーンホテル・ズコーポレーション(福岡県久留米市)に売却されており、同社は「老朽化で、現状を維持しながらの有効活用は困難と判断した」としている。

 城間幹子市長は「時代の流れかもしれないが、見慣れた風景が変わるのは少しさみしい。ただ、この場所は市街地活性化の中心。今後、地元客が集まるような新たな発展につなげたい」と話した。

 回転する展望レストランに思い出があるという、なは市場振興会の新里俊一理事長(47)は「小学校のころ母と初めて上ったとき見晴らしの良さに感激した。高いところには子ども時代の思い出がある。三越や山形屋の屋上のミニ遊園地に続き、那覇タワーも消えた」としみじみ。

 給水塔の魅力を伝えている高良広輝さん(54)は「タワーを眺められないのはさみしい。店内がぐるぐる回って驚きだった。若い時は建物内にあったディスコに行って、アイドルのライブを見た思い出がある」と懐かしんだ。

 琉球大学環境建設工学科准教授の入江徹さん(40)は「建築物を文化と考えることは、街と生活を文化と位置づけることかもしれない。金城信吉氏の活動がそう教えてくれた」と話し、金城さんの功績をたたえた。