健康志向のランニングブームを後押しし、マラソン人口の裾野を広げ、新しいスポーツ文化を創り上げた。

 師走の沖縄の風物詩「NAHAマラソン」が、きょう30回の節目を迎える。

 約4500人が駆け抜けた第1回大会に始まり、参加者はどんどん増加。今回は4万3千人余りの申し込みの中から、抽選で選ばれた3万人近くがエントリーする。

 30年の間に大会は、ゆっくり着実に大きくなった。

 ハワイ・ホノルル市と姉妹都市の関係にある那覇市が、世界的にも人気の高いホノルルマラソンにヒントを得て、姉妹都市締結25年の記念事業として始めた。当初はホノルルマラソンと同じ日に開催。市民の健康保持や、冬場の観光客誘致も大きな目的だった。

 今でこそ国内を代表するスポーツイベントに発展しているが、大会を成功に導くまで数々の困難があった。

 言うまでもなくマラソンのフィールドは公道である。「交通量の多い国道58号や、買い物客でにぎわう国際通りを使うことに協力してもらえるのか」。理解を得るのに苦労したという。 

 糸満市摩文仁の平和祈念公園を中間地点とし、沖縄戦激戦地の南部を回るコースにしたことにも大きな意味がある。 

 スポーツ文化は、平和な土地の上に花開くものだ。当時の親泊康晴那覇市長は「県民の平和を希求してやまない心を表現した」と回想録に記している。

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 雑誌「ランナーズ」が公表する全日本マラソンランキングによると、人口に占めるマラソン完走者の割合は沖縄が1・26%で全国一高い。2位の徳島は1・00%、全国平均は0・27%である。南の島に市民マラソンが深く根付いていることが分かる。

 NAHAマラソンは「走るあなたが主役です」をキャッチフレーズに始まった。

 ゴールで待つ恋人にプロポーズをする男性、仲良く完走した夫婦、病を乗り越えてのチャレンジ、着ぐるみで大会を盛り上げるジョガーなど、毎回、愛情や感動、笑いの詰まった、たくさんのドラマが展開される。

 決して楽な距離ではないのに、こんなにも多くの人が走るのは、完走した人だけにしか分からない特別な感動があるからだ。苦しければ苦しいほど、走り終えた後の爽快感は格別で、前向きな気持ちになれるという。

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 NAHAマラソンを支えるのは、多くのボランティアと、沿道から声援を送る地域の人々である。

 コース沿いに4千本ものコーン標識を並べる人たち、エイサーでジョガーを鼓舞するグループ、会場の清掃に励むボランティアなど、号砲が鳴る前から制限時間が過ぎた後まで活動は続く。

 スポーツ文化は支える厚みがあってこそ育まれる。みんなで取り組む地域のイベントとの意識が、その幹を太くする。長寿ブランドの崩壊が叫ばれる中、県民の健康増進という当初の目的を大切に、さらに枝葉を広げてほしい。