第3次安倍内閣が発足した。18人いる閣僚のうち17人を再任。「政治とカネ」の問題で野党の追及を受ける江渡聡徳氏から中谷元氏へ防衛相が交代しただけである。

 政権の看板政策「アベノミクス」の継続性を重視したためというが、与党の議席数も衆院選前とほとんど変わっていない。何のための選挙だったのかとの疑問は払拭(ふっしょく)できない。

 民主党から政権を奪還し、第2次安倍内閣がスタートしたのは2012年12月。「主権回復」を記念する式典の開催、靖国神社参拝、集団的自衛権行使容認の閣議決定が物語るように、国家主義的イデオロギーを強く押し出した2年だった。

 本来取り組まなければならない国政の重要課題が先送りされ、政策のきしみが表面化した2年でもある。

 佐々木毅・東京大学名誉教授が、日本社会を分断し、新たな問題を引き起こしつつある三つの深刻な亀裂について指摘している。(「潮」1月号)

 一つ目は経済的な格差という亀裂。二つ目は社会保障制度をめぐる高齢者と若者の世代間の亀裂。三つ目は都市と地方の亀裂である。

 今、まさに必要なのは、アベノミクスの恩恵が届かない低所得者層への対応、制度を維持するために社会保障費を誰がどれだけ負担するかといった「負担」と「給付」の政策論議、全国の半分もの自治体が「消滅可能性都市」と位置付けられる中での地方創生と分権の徹底である。

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 第3次安倍内閣の発足を受けて会見した安倍晋三首相は「総選挙で、この道を真っすぐ進んで行けと国民に背中を押してもらった」と語った。

 戦後最低となる52・66%の投票率を記録した衆院選で、自民党の小選挙区の得票率は5割を切った。民意が反映されやすいといわれる比例区にいたっては3割余りである。

 アベノミクスへの評価は割れている。集団的自衛権の行使容認や憲法改正についての国論も割れている。むしろ個別政策では反対が目立つ。

 自民党だけで衆院の半数以上、公明党と合わせ3分の2以上の議席を確保したからといって、おごらず、謙虚であるべきだ。有権者は全てを白紙委任したわけではない。

 「自民1強」体制では、政権の安全保障政策に慎重意見を持つ公明の役割が重要となる。与党内野党として、これまで以上にチェック機能を発揮してもらいたい。

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 歴代自民党政権と比べ安倍政権は沖縄とのつながりが弱く、県民の心を理解しようとの積極姿勢が感じられない。

 「沖縄の方々の気持ちに寄り添う」とたびたび口にするものの、実際は知事選や衆院選で米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する民意が示されても、辺野古が唯一の解決策と言い続けるだけである。

 普天間返還を米側に提起した当時の橋本龍太郎首相は「地元の頭越しには進めない」との言葉を繰り返した。これが政府の当初方針だった。

 安全保障のコストをどのように全国で分かち合うか。負担の適正化について、政府は具体策を示すべきである。