「すみません」。名前も知らないあなたが繰り返したその言葉を、今は私が反すうしています

 ▼クリスマスを目前にした公休日でした。白いつえを持ったあなたはイルミネーションが輝く街の横断歩道の前で立ち止まり、戸惑っている様子です

 ▼聞くと、バスの最終便に間に合わせようと焦り、方角を失ったとのことでした。「すみません。買い物が楽しくて、ぎりぎりになったのが悪かったのです」。誰もがする失敗を、律義にも説明してくれました

 ▼バスが来るまでほんの10分ほどでした。一緒に待つことにしました。「時間は大丈夫ですか。本当にすみません」。気遣って感謝する言葉に、私はちょっと小さくなりました

 ▼待っている間に、あなたが話しだしました。「僕の目が本当は見えると思ってませんか。すみません、本当に見えないんです。昼間は光を感じますが、夜は真っ暗です。前に見えるんじゃないか? と言われたことがあります。友達が言うには、僕の目は見えているように見えるかもしれないそうです」

 ▼胸が締め付けられました。爽やかな格好をしたあなたの目は、美しかった。その目のことを謝らせてしまいました。私たちの社会はあなたに、どれだけ「すみません」を言わせてきたのでしょう。普段なら気にも留めない言葉が、最も心に残る年になりました。(与那嶺一枝)