「もう一度、弾の落ちてこない空の下を、大手を振って歩きたい」。1945年6月、沖縄本島の南端、荒崎海岸で沖縄戦の犠牲になったひめゆり学徒隊員の一人が悔しそうに叫んだ言葉だ

▼学徒隊の生き残りで、2014年12月31日に亡くなった宮城喜久子さん=享年86=が戦争体験をつづった『ひめゆりの少女 16歳の戦場』(高文研)に記されている。沖縄戦の実相を伝える語り部だった宮城さんは「あの無念さを忘れてはいけないし、私にとってはそれがすべての原点」と語っていた

▼10年余り前、イラク戦争勃発後に宮城さんを取材した。爆撃で亡くなった学友らの記憶がよみがえると嗚咽(おえつ)し、「痛みが分からない人たちが愚かな戦争を起こしている」と怒った

▼「戦争で犠牲になるのは弱い立場の人」と繰り返すとともに、有事法制成立やイラク派兵などが続き、日本が戦争をできる国になると危惧していた

▼03年1月の本紙インタビューで「戦争を体験した人たちがだんだんいなくなって、戦争に対する足かせがなくなっていくのが一番怖い」と答えている

▼昨年、安倍政権は集団的自衛権行使容認を閣議決定した。宮城さんはどう見ただろうか。「二度と戦争を繰り返してはいけない」。宮城さんの遺志を継ぎ、「戦争に対する足かせ」になるのが残された者の役目だ。(与那原良彦)